2017年04月21日

出展のお知らせ


ポスタルスクウェア(株)は4/21(金)〜23(日)に
東京都立産業貿易センター台東館で開催される
「スタンプショウ2017」に出展致します。

41回目を迎える「スタンプショウ2017」の企画展示
<ご当地フォルムカード展>では、
ご当地フォルムカード愛好家のコレクションが展示されます。

当社では、<ご当地フォルムカード>のデザインが制作される過程を、
原画や写真、スケッチなどの展示によりご紹介します。
初公開素材も満載です。

また、<ご当地フォルムカード>のディレクターが適宜、解説します
(不在の際はご容赦願います)。
さらに、サンプル商品アンケートや、数量限定での試行商品の販売を実施します。

皆さまのお越しをお待ちしております。

※詳細情報は以下にてご覧ください。
◆「スタンプショウ2017」ホームページ内
 ご当地フォルムカード展紹介ページ
 http://yushu.or.jp/event/s_show2017/list/ex_kikaku02.html

◆POSTA COLLECTホームページ内新着情報
 「スタンプショウ2017」への出展のお知らせページ
 https://www.postacollect.com/news/「スタンプショウ2017」への出展のお知らせ/


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2017年04月18日

織田信長-2


<ご当地フォルムカード>第三弾/愛知県「織田信長」
(以下:織田信長)が名古屋から岐阜へ向かいました。

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JR岐阜駅前で黄金の織田信長像と記念撮影。

駅前は「信長ゆめ広場(中央広場)」として整備されています。
イベントなどに利用できる三日月型ステージや音響設備が設置された、
にぎわい創出の中心となり、
その全体を黄金の織田信長像が見渡している感じです。

岐阜市のホームページ記載によれば、
この黄金の信長像は
岐阜市民の皆様からの寄附によって建立されたそうです。
さすが織田信長の岐阜、岐阜の織田信長といえましょうか。


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2017(平成29)年の今年は特に織田信長と岐阜の節目でもあります。
「織田信長公岐阜入城」「岐阜命名」450年という節目の記念イヤーです。


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岐阜城と記念撮影。

今から450年前の1567(永禄10)年。
斉藤龍興を破った織田信長は本拠地を移し、
町名を「井口(いのくち)」から「岐阜」へと改めたとされています。


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岐阜城天守へ向かうロープウェイと、眼下に見える川は
鵜飼で名高い長良川。
織田信長は鵜飼を芸能としても重んじたとされています。

”漁”である鵜飼に
”観覧”するという側面に光を当て接待などで重宝しました。
1568(永禄11)年には
武田信玄の使者・秋山虎繁も船上での鵜飼観覧に興じたとされています。



最後に、岐阜県庁の中にある郵便局、
岐阜県庁内郵便局の風景印をご紹介したいと思います。
さすがに岐阜県を代表する図案となっています。


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県庁舎に、鵜飼の鮎と金華山、岐阜城天守閣ですね
(風景印日付は画像消去処理をしております)。






2017年03月24日

織田信長


<ご当地フォルムカード>第三弾/愛知県「織田信長」(以下:織田信長)
が愛知県名古屋市の熱田神宮へ詣でました。

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三種の神器のひとつである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の
御鎮座に始まる熱田神宮の創祀。

日本武尊(やまとたけるのみこと)が「神剣」を
今の名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま
三重県亀山市で亡くなられましたが、
尊のお妃である宮簀媛命(みやすひめのみこと)がその「神剣」を
ここ熱田の地にお祀りになり、以来、熱田神宮は伊勢神宮につぐ
格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめ、
国家鎮護の神宮として特別のお取り扱いを受けるようになった
とのこと。

その一方で、「熱田さま」「宮」と呼ばれ、多くの人々に親しまれ、
初詣全国3位
(出典:楽天トラベル2017年初詣におすすめ!人気初詣スポットランキング)
となっています。


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「織田信長」と熱田神宮の関係は何でしょうか。

近年パワースポットとしても注目を集める熱田神宮。
織田信長もそのパワーにあやかろうとしたのか分かりませんが、
”日本三大奇襲”ともいわれる「桶狭間の戦い」
(尾張の信長が、尾張に侵攻してきた駿河の今川義元・氏真軍を破った戦い)
に臨む前に戦勝祈願で詣でてから出陣したとされています。

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そして見事に戦いに勝利した織田信長は、
その御礼に熱田神宮境内に塀を奉納します。
それが「信長塀」。現在もしっかりと残っています。

名古屋で最初に熱田神宮に詣でた理由が分かりました。

次に、名古屋城へ立ち寄ってみました。


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名古屋城といえば徳川家康ですが、
前史において、駿河の今川氏の支配下に置かれていた
尾張国東半分の最前線である現在の(名古屋城)二之丸あたりに、
今川氏が那古野(名古屋)城を築きました。

その後、織田信長の父・信秀が那古野城主・今川氏豊を追放、
さらに南方に古渡城も築き、名古屋での勢力を強めるに至りました。

あとを継いだ信長は清洲城に拠点を移して
天下統一へ向けて動き出していきました。
さらに拠点を清洲から小牧、岐阜、安土と移していくことで
役割を失った那古野城はやがて廃城となったのでした。

「織田信長」は名古屋城天守と記念撮影し、何を想ったでしょうか。

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名古屋城は現在、平成30年度の全体公開へ向けて
本丸御殿の復元を行っています
(既に半分以上公開中:写真は玄関・車寄外観)。

名古屋城の本丸御殿は近世城郭御殿の最高傑作として
二条城(京都)の二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧といわれ、
国宝に指定されていました。

もともと観光名所である名古屋城に
新たな魅力のコンテンツが加わり、全体公開が待ち遠しいですね。


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最後に熱田神宮の風景印をご紹介したいと思います
(風景印日付は画像消去処理をしております)。

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熱田神宮近くの大きな郵便局・熱田郵便局。




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おっと「織田信長」。
現代の名古屋駅付近に現れました。

清洲城から眺めていた名古屋との
劇的な違いに何を想ったでしょうか。

そして「織田信長」。この後、電車で岐阜へ移動するということです・・・。


2016年12月27日

天橋立


京都府内で京都市に次いで多くの観光客数を誇るのが天橋立。
府の北部、日本海の宮津湾にあり、松島(宮城県)・安芸の宮島(広島県)
とともに「日本三景」とされている特別名勝。

<ご当地フォルムカード>第四弾/京都府「天橋立」が、
天橋立に里帰りしました。

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約8,000本の松が茂る幅約20〜170m・全長約3.6kmの砂浜。
その珍しい地形が、天に架かる橋のように見えることから
「天橋立」という名がついたそうです。

砂浜を歩いたり、船に乗ったり、
天橋立の楽しみ方はいろいろありますが、
神秘的な自然の美を楽しむひとつとして有名なのが、
展望所からの眺望。

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展望所にある「股のぞき台」で
多くの観光客が股のぞきをして楽しんでいます。
<ご当地フォルムカード>「天橋立」も
その絵柄の場所に立って景観を楽しみました。

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展望所にはリフト、ロープウェイ
どちらも利用が可能です。
<ご当地フォルムカード>はひとりで乗ることができるリフトを利用。
下りの際は、次第に目前に迫る「天橋立」の迫力を感じることができます。

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京都丹後鉄道宮津線が走っているので、
「天橋立」には電車でもアクセス良く行くことができます。
最寄駅は、天橋立駅。ロープウェイ、リフト乗り場までは駅から徒歩約5分程度です。

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せっかくここまで来ましたので、
さらに府内を北へ行ってみました。「海の京都」といわれる伊根町。

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海辺に密集して建つ家々。
海の上に浮かんでいるように見えますが、
それぞれの家の一階は船のガレージになっていて、
二階が居室になっているとのことです。

希有な景観は多くの映画のロケ地としても使われている他、
「伊根浦」として全国の漁村では初めて
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。


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<ご当地フォルムカード>「天橋立」が船上からご挨拶。


最後に、「天橋立」の風景印ご紹介です。
さすがに名所ですので図柄に採用されています。
先述した天橋立駅近く、天橋立駅前郵便局の風景印です。

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図柄は展望所から見た天橋立と
可動橋の廻旋橋、知恵の輪燈籠ですね
(風景印日付は画像消去処理をしております)。






2016年12月05日

富山の売薬


<ご当地フォルムカード>第七弾/富山県「富山の売薬」が
富山市にやってきました。

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北陸新幹線開業後、はじめての富山市訪問。
JR富山駅も一段ときれいに生まれ変わりました。


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富山市の象徴ともいえる立山連峰は変わらぬ壮麗な姿を見せてくれます。

JR富山駅の南口駅前の通りを渡ると
北陸新幹線開業前から変わらず「富山の売薬」の像があります。

<ご当地フォルムカード>「富山の売薬」が
表敬訪問で記念撮影をしました。

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銅像は同じ場所にふたつのバージョンがあります。


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「先用後利」(得意先である各家庭に薬を預けて先に使ってもらい、
使った分の代金を後で受け取る)という、
消費者にとって便利な商法が、
富山の薬を全国に浸透させる源になったとされています。

家庭を回る際に、
そこに子供がいたらお土産も渡していたそうで、そのひとつが紙風船。
銅像でも<ご当地フォルムカード>でも子供が持っているのが紙風船ですね。


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JR富山駅から車で約20分。
北陸新幹線の撮影スポットのひとつでもある
呉羽丘陵に富山市民俗民芸村という博物館群があります。

そのひとつに富山売薬関係史資料の保管、展示、収集を行っている
「売薬資料館」があります。

製薬道具、売薬のおまけ・進物類(売薬版画、紙風船等)、
柳行李や懸場帳などの行商用具など興味深い数多くの展示があります。

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富山駅前郵便局の風景印をご紹介します。
まさに図案は「富山の売薬」です。

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背景にはさすがにシンボルの立山連峰も描かれています
(風景印日付は画像消去処理をしております)。




最後にJR富山駅前で記念撮影して、富山市とお別れです。

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2016年11月30日

錦帯橋


<ご当地フォルムカード>第二弾/山口県「錦帯橋」が
ついに故郷・岩国市に里帰りしました。

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岩国といえば作家・宇野千代さんのふるさととして知られている他、
シロヘビも有名です。そして岩国を象徴する存在が「錦帯橋」。

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日本三名橋のひとつとされる五連の反り橋
(中央の三連はアーチ橋)が特徴的な木造橋。

橋下を流れる清流・錦川、
橋向こうの山上に建つ岩国城と重なって
山紫水明の風景に見事に映えます。

訪問時はあいにくの雨模様でしたが、
<ご当地フォルムカード>「錦帯橋」が記念撮影をしました。

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「流されない橋を作りたい」という
先人たちの情熱と技術の結晶は、
フォルム美をも生んだといえましょう。

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当欄二枚目の写真で見える中央の三連アーチ橋
それぞれの経間は35メートルですが、その間は脚がありません。
経間35メートルを無脚で実現させたアーチ橋は
頑丈な組木技法によって橋の上からの圧力で
さらに強度が増すという仕組みになっているそうです。

錦帯橋が完成した300年以上も前に
そういった技術力があったことも驚きです。

現在の錦帯橋は「平成の架け替え」によって
2004(平成16)年に、
当初のアーチの美しさにこだわって生まれ変わったものです。


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うっすらと背後の山上にお城が見えるでしょうか。

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岩国藩初代藩主・吉川広家が1608(慶長13)年に、
暴れ川といわれる錦川に囲まれた
天然の要害の地である横山の山頂に築城したのが岩国城。

その後、第三代藩主・吉川広嘉が錦川に橋を架けることを決め、
1673(延宝元)年に錦帯橋は完成したのでした。


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錦帯橋の近くには、凛々しい佐々木小次郎の銅像があります。
作家・吉川英治氏が
「佐々木小次郎が、錦帯橋畔で柳の枝が燕を打つのを見て
”燕返し”の術を得た」という逸話をこの岩国で創作したそうです。

佐々木小次郎が用いた太刀は
物干竿とよばれる長尺なものだったとされているだけに、
銅像の小次郎が持っている太刀も相応のものですね。


最後に、岩国郵便局の風景印をご紹介したいと思います。

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錦帯橋のアーチの美しさを表現した風景印です
(風景印日付は画像消去処理をしております)。






2016年10月03日

世界遺産・萩城下町-2


山口県萩市への旅、続編となります。

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「鍵曲(かいまがり)」と呼ばれる通路。
左右を高い塀で囲み、道を鍵の手(直角)に曲げた独特の道筋。
これは城下町独特の防衛機能で、
戦いの際に見通しを悪くして防御しやすくしたものだそうです。

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世界遺産に登録されている萩城下町は
「古地図で歩ける町」といわれるほど、
江戸時代に形成された町割、街路、武家屋敷や町家などが
そのままに多く存在しています。

白いなまこ壁が美しい菊屋横丁。
この一角には、藩の豪商・菊屋家、
第26代内閣総理大臣・田中義一の誕生地、
そして幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地などがあります。



<ご当地フォルムカード>第七弾/山口県「高杉晋作」が
ついに生まれ故郷に帰ってきました。

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そして、生家前(「高杉晋作誕生地」)で記念撮影。

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「高杉晋作誕生地」は現在、南側半分が公開。
産湯に使ったと伝えられる井戸や自作の句碑などがあります。

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「高杉晋作誕生地」の近くに「晋作広場」があり、
そこに20歳頃の若々しく凛々しい晋作を
イメージしてつくられた「高杉晋作立志像」が建っています。

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共に萩城、「高杉晋作誕生地」の方角を見つめます。


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約150年の長きに渡り藩校としての教育が行われ、
幕末の長州藩の中で大きな役割を果たしたのが
旧萩藩校明倫館です。
高杉晋作もここで学びました。

<ご当地フォルムカード>第七弾/山口県「高杉晋作」が、
母校に立ち寄りました。

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剣術場と槍術場だった有備館。
坂本龍馬も萩に来た際にここで試合をしたとされています。
萩藩士の練武の他、
他国からの修行者の試合場でもあったそうです。


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高杉晋作は明倫館入学から5年後、
久坂玄瑞の誘いで松下村塾に入り、
そこで生涯の師である吉田松陰と出逢ったのでした。

今回の山口県萩市の旅。

最後に、
高杉晋作と吉田松陰のツーショットで終わりたいと思います。


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萩郵便局の風景印をご紹介いたします。
夏みかんの形の松下村塾という変形印ですね。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。






2016年09月28日

世界遺産・萩城下町

<ご当地フォルムカード>
第四弾/山口県「高杉晋作」と
第六弾/山口県「吉田松陰 with松下村塾」
(以下それぞれ「高杉晋作」「吉田松陰 with松下村塾」)が、
故郷の山口県萩市にやってきました。

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登録有形文化財に指定されているJR萩駅。
駅舎を前に両カードがご挨拶。
構内には国鉄時代の鉄道物品も展示されていて、
ちょっとした博物館のようでもあります。

地元の雄ともいえる「長州ファイブ」も観光客を
迎えてくれます。「長州ファイブ」は幕末に
ロンドンへ渡った5人。
この中では伊藤博文(写真上段右)が
松下村塾の塾生でした。



萩には、
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」
の一部として恵美須ヶ鼻造船所跡、大板山たたら製鉄遺跡、
萩反射炉と共に世界遺産に登録された萩城下町と松下村塾
があります。

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(萩反射炉)。


「吉田松陰 with松下村塾」が、明治維新胎動の地でもある
松陰神社に里帰りしました。

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松陰神社の御祭神はまさに
吉田矩方命(よしだのりかたのみこと:吉田松陰)です。


そして境内には世界遺産の松下村塾が現存しています。
ついに「吉田松陰 with松下村塾」が
松下村塾とご対面です。

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吉田松陰がここで塾生たちを指導したのは
わずかに2年だったといいます。
その短い間に多くの塾生を育成し、
幕末〜明治日本を主導した多くの人材を輩出しました。



吉田松陰生誕地にも行ってみました。

萩を一望できる場所で、
その生誕地近くには吉田松陰と金子重輔(松陰の弟子)が
海の向こうへの夢を抱いているかのような銅像があります。

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最後に、萩松陰神社前郵便局の風景印を
ご紹介したいと思います。
図案は、吉田松陰と金子重輔の像、指月山、夏みかん。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。





次回は続編。「高杉晋作」が
世界遺産・萩城下町を歩きます。



2016年08月26日

御礼


渋谷ヒカリエ(東京都渋谷区)で開催されていた
「[Gotochi Form Cards] "TABIxDESIGN"
-Space Exposure and Presentation」が25日(木)
無事に終了いたしました。

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会期中、多くの方々にご来場頂き、
<ご当地フォルムカード>に関する話をお聞かせ頂きました。
この場をお借りして御礼申し上げます。

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またこのような機会がございましたら
足を運んで頂けますと、うれしく思います。

今後とも<ご当地フォルムカード>をご愛顧のほど
なにとぞよろしくお願い申し上げます。

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2016年08月19日

渋谷ヒカリエの展示ご案内

現在、渋谷ヒカリエ(東京都渋谷区)にて開催中の
「[Gotochi Form Card] “TABI x DESIGN”
  -Space Exposure and Presentation」。

多くの来場者にご好評を頂いておりますが、
会期の残りは5日間となりました。

今回は<ご当地フォルムカード>の世界観を、
下絵、取材写真、色校その他と共にご紹介しています。

会期中、ディレクターが在室していますので、
絵のこと、デザインのことなど
お気軽にご質問やお声がけを頂ければ幸いです。


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★残りの会期と日時は以下となります。

8月21日(日)・22(月)・23(火)・24(水)
=11時〜19時

8月25日(木)
=11時〜13時


ご来場をお待ちしております。




2016年06月20日

水都・とくしま

四国の北東部、徳島県の県庁所在地・徳島市にやってきました。

阿波おどりで全国に知られる徳島市ですが、
ここは魅力的な水都。
全国に向けて『こころおどる水都・とくしま』
としてその魅力を発信しています。

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徳島のシンボル的存在でもある眉山(びざん)山頂から
市街地を見下ろせば、
水都たる所以を感じることができます。


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徳島県と高知県を流れる
幹川流路延長194kmの大河「吉野川」は"三大暴れ川"のひとつとされ、
坂東太郎(利根川)、筑紫次郎(筑後川)と並び、
四国三郎の異名があります。

徳島市は吉野川が紀伊水道に流れ込む河口部分にあります。


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その吉野川の分流の川に囲まれている市街地中心部は
ひょうたんの形をしていることから、
ひょうたん島とも呼ばれています。

無料の遊覧船で、”水都・とくしま”の街を
川から眺められる楽しみ方があります。


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<ご当地フォルムカード>第一弾/徳島県「阿波踊り」も
遊覧船に乗船し気持ちのよい風を受けました。
左に見える建物が徳島県庁、正面に見える山が眉山です。



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眉山は、さだまさしさんの小説、
松嶋菜々子さん主演映画でも知られています。
その山頂へはロープウェイでものぼることができます。

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ロープウェイ乗り場(眉山ロープウェイ山麓駅)
のある建物は阿波おどり会館。
その3階に阿波おどりを知ることができる
「阿波おどりミュージアム」があります。


<ご当地フォルムカード>第一弾/徳島県「阿波踊り」が
ミュージアム内で里帰りの記念撮影です。

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400年もの歴史をもつ徳島の夏まつり「阿波おどり」は、
今年も8月12日から15日までの4日間開催されます。



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JR徳島駅前にある「阿波おどり」のオブジェが乗った郵便ポストでも記念撮影。

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最後に、市内中心部にある
大きな徳島中央郵便局の風景印をご紹介します。


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図柄は、まさに徳島市を象徴する「阿波おどり」と「眉山」、
「徳島城・鷲の門」の組み合わせになっています
(風景印日付は画像消去処理をしております)。






2016年05月02日

春日大社


世界遺産『古都奈良の文化財』のひとつ春日大社。
今から約1300年前に
「日本国の安泰と国民の幸せを願い、
 社殿を造営し四柱の神々をお祀り申し上げた」
のが、はじまりとされています。

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現在、20年に一度の、
社殿の修築大事業である式年造替が執り行われています。
<ご当地フォルムカード>第六弾/奈良県「春日大社」が、
その春日大社に参拝しました。

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まずは南門で記念撮影。
春日大社最大の門は高さ12m。国の重要文化財に指定されています。


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絵柄構図と同じ中門・御廊(ちゅうもん・おろう)にて。
本殿の前にある中門は高さ約10m。
中門の左右にそれぞれ約13m、鳥が翼を広げたように延びているのが御廊。
春日大社の代表的な建物です。

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御廊の向かって右は長い東回廊。両側に燈籠が数多く並んでいます。

春日大社は燈籠が多くあることでも知られています。
平安時代からのそれは何と約3,000基もあるとされています。
中でも、現存する室町時代以前の燈籠の6割以上が
この春日大社にあるといわれ、
歴史的な資料としても貴重なものとなっています。


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藤波之屋という、江戸時代まで神職の詰所だった
建物内部では幽玄の美を体験することができます。

2月の節分と8月14-15日の年に3回だけ、
すべての燈籠に浄火を灯す春日万燈籠という神事が
行われていますが、
その万燈籠神事を多くの人に感じて頂こうという
春日大社の計らいです。

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真っ暗闇の中、幻想的な世界が広がります。


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鹿さんたちにご挨拶をして春日大社を後にします。



最後に春日大社の風景印をご紹介します。
JR奈良駅にほど近い奈良小川町郵便局の風景印です。

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風景印も同じく中門・御廊が絵柄になっています。
鹿さんの姿も見えますね
(風景印日付は画像消去処理をしております)。






2016年04月11日

「恐竜王国ふくい」へ



たいへんご無沙汰しておりましたが、
<ご当地フォルムカード>の旅を再開いたします。
あらためましてよろしくお願い致します。

<ご当地フォルムカード>第一弾/福井県「恐竜」が、
発売から7年越しの「恐竜王国ふくい」への里帰りを果たしました。

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福井県の北東部、人口約2万5,000人の勝山市は、
日本の恐竜化石発掘の大半を占めているといわれています。

その勝山市に、日本の恐竜博物館の代表格といわれる
福井県立恐竜博物館があります。

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恐竜の実物大の全身骨格や
忠実に再現されたジオラマなど展示は迫力満載。
大人気の博物館は2000年の開館以来初となる
年間入場者数90万人突破を果たしました(2015年度)。

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<ご当地フォルムカード>第一弾/福井県「恐竜」が、
お膝元で恐竜とご対面です。

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「恐竜の世界」「地球の科学」「生命の歴史」の
各ゾーンに分けられたドーム型の常設展示室の展示面積は
4,500平方メートル。

広い空間いっぱいに迫力のある展示があり、入場者を飽きさせません。


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勝山市からは永平寺(永平寺町)や一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)も近く
観光でまわるには最適です。

<ご当地フォルムカード>第一弾/福井県「恐竜」は、
県庁所在地の福井市にも脚を伸ばしました。

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北陸新幹線延伸開業を待つJR福井駅。
その駅前に「恐竜広場」があります。

ここには動く恐竜がいます。
学術的に的確に動く恐竜モニュメントが
博物館内から出て駅前に展示されるのは世界初とのことです。


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柴田勝家(第一期)と結城秀康(第二期)によって
築城された福井城(現在の遺構は結城氏によるものとされています)。
その本丸跡には福井県庁や県会議事堂などがあります。

<ご当地フォルムカード>第一弾/福井県「恐竜」
の後ろに見えるのが御本城橋。
これを渡ると本丸の大手門があったそうです。

左に見える建物が県庁舎。かつて本丸御殿があった場所のようです。
県庁所在地・福井市にある中央郵便局だからでしょうか。
福井中央郵便局の風景印はこの御本城橋となっています。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。


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福井城本丸跡に建つ結城秀康(徳川家康の次男)像と記念撮影。


最後に恐竜の風景印をご紹介したいと思います。
さすがに地元・勝山市の勝山郵便局では、
恐竜と、勝山の奇祭・勝山左義長がモチーフとなっています。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。




2015年04月21日

「ご当地フォルムカード展」

東京駅に隣接するJPタワー・KITTE(東京都千代田区)
の地下1階「東京シティアイ」において
4月23日(木)〜4月26日(日)の4日間、
情報発信イベント「ご当地フォルムカード展」を開催します。

<ご当地フォルムカード>の歴史や制作エピソードのご紹介など、
<ご当地フォルムカード>を通じて各地の魅力を発見するとともに、
旅先の楽しみを体感いただけます。


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「ご当地フォルムカード展」の概要

◆会場:JPタワー・KITTE地下1階 
    東京シティアイ(東京都千代田区丸の内2-7-2)
◆期間:2015年4月23日(木)〜4月26日(日)4日間限定
◆時間:午前11時〜午後7時(4月26日は午後6時まで)
◆構成:
 (1)ご当地フォルムカード特大パネルと記念撮影の旅
 (2)ご当地&旅自慢
 (3)歴代フォルムカードの旅
 (4)ご当地フォルムカードができるまでの旅
    ご当地フォルムカードの旅
 (5)ご当地フォルムカード(東京)の販売


また、今回のイベントでしか買えない
限定<ご当地フォルムカード>をご用意しました。


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イベント限定<ご当地フォルムカード>東京都「高尾山」

※販売価格(消費税込):200円
※数量限定の販売となっております。
※紙厚など通常の<ご当地フォルムカード>の
仕様とは異なりますのであらかじめご了承ください。


ぜひ「ご当地フォルムカード展」に
足を運んで頂けますとうれしく思います。


2015年04月07日

北陸新幹線で金沢へ



3月14日に東京・金沢間が開業した北陸新幹線に乗って、
<ご当地フォルムカード> と<鉄道フォルムカードセット>が
早速、金沢まで旅をしてきました。

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「新幹線が 春を連れて、やってくる。」
というコピーそのままに北陸新幹線 が金沢に
春を運んできたかのようなぽかぽか陽気の日。

まずは<ご当地フォル ムカード>第7弾/石川県
「ひがし茶屋街」がJR金沢駅にてご挨拶の記念撮影。

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そして、駅構内を歩いていると
ユニークな郵便ポストと出逢いました。 その名も「郵太郎」。

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「郵太郎」は、1954(昭和29)年、
当時の国鉄・金沢駅三代目駅舎の新築落成を 記念して、
郵政省金沢郵便局(当時)が作製・設置したものだそうで、
上に立つ 人形は、加賀百万石の伝統工芸を代表する
郷土色豊かな加賀人形を題材としたと のことです。

「郵太郎」は去年、還暦を迎えていたのですね。
生まれたての<ご当地フォルムカード>第7弾/石川県
「ひがし茶屋街」にとっては大先輩ですね。


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日本三名園のひとつ兼六園を訪れたのは、
ようやくの里帰りとなった
<ご当地フォルムカード>第3弾/石川県「兼六園」です。

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観桜期目前の兼六園。江戸時代の代表的な大名庭園として、
歴代の加賀藩主によって形づくられてきました。
数々の意匠がちりばめられた林泉廻遊式庭園の様式美の中に、
春夏秋冬の風情が豊かな景観として描き出されています。

金沢市の中心部に位置しているというアクセスの良さ。
いつも多くの観光客で賑わっていますが、観桜期は一段と人が増えます。


そして兼六園といえば、金沢城。

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1583(天正11)年に前田利家が金沢城に入った直後から、
本格的な城づくりが はじめられたとされています。
1602(慶長7)年には天守閣が落雷によって焼失。
その後、1759(宝暦9)年の火災で城のほとんどが焼失しました。

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天守閣など多くは再建されませんでしたが、
1788(天明8)年に再建された石川門は現在、
国重要文化財に指定されています。

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その金沢城でもっとも親しまれ、
観光客の皆さんが記念撮影に興じる 場所が、
兼六園側の石川門口。
<ご当地フォルムカード>第3弾/石川県 「兼六園」も記念撮影。


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別行動をしていた「JR西日本<新幹線>フォルムカードセット」の
北陸新幹線(金沢)が登場。JR金沢駅をバックに記念撮影。

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まさにここから左側(東京方面)へ北陸新幹線は走ります。

「JR西日本<新幹線> フォルムカードセット」の
北陸新幹線(富山)が北陸新幹線に乗車。

車窓を食い入るように眺めていると思ったら・・・。
北陸新幹線のハイライト ともいえる素晴しい景色が飛び込んできました。

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金沢を出発して間もなくすると立山連峰が見えてきます。
富山市街地と立山連峰です。
3,000m級の山々が並ぶ様は迫力があります。

上り(東京方面行き)の北陸新幹線に乗車する際は、
右側座席から立山連峰が よく見えますが、
富山市街地近辺では左側座席からもこのように見えてきます。


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「JR西日本<新幹線>フォルムカードセット」の
北陸新幹線(富山)が、北陸新幹線乗車の記念に
車窓からの立山連峰とツーショットです。


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今回の旅。
<ご当地フォルムカード>の先輩(「兼六園」)に敬意を表して、
風景印も兼六園で締めくくりたいと思います。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。

金沢中央郵便局の風景印です。
今回は切手も「兼六園」ですね。
そのシンボルであり、もっとも親しまれている景観は、
二本足の灯籠「徽軫燈籠(ことじとうろう)」。





2015年04月02日

宮城の旅


<ご当地フォルムカード>の最新シリーズ第7弾が、3月20日に発売となりました。

早速、宮城県「ずんだ餅」が、
県内の東日本大震災被災地各所を訪れました。

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震災で甚大な被害を受けた女川町ですが、
「千年に一度のまちびらき」として 3月21〜22日に大きな催しが行われました。

21日には、新しい女川駅が開業。
それと同時にJR石巻線の浦宿〜女川間が運行再開したことで、
ついに全線復旧となりました。

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生まれ変わった女川駅。
1階に改札、2階に女川町温泉温浴施設「女川温泉ゆぽっぽ」、
3階が展望フロアになっています。

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<ご当地フォルムカード>第7弾/宮城県「ずんだ餅」が
女川駅で記念撮影。 女川駅はJR石巻線の終着駅です。

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次に車で約30分の石巻市内へ移動。港から船に乗り、田代島へ向かいました。

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石巻市に属する田代島は、宮城県東部の牡鹿半島の西部に位置し
石巻市中心部から約17kmの距離にある有人島です。
きれいな海に囲まれた島は手つかずの自然がそのまま残っています。

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田代島は「猫の島」としても知られています。
人口(85人:平成26年3月末日時点「住民基本台帳」)よりも
猫の方が多いといわれていますが、昔から大漁の守り神として
住民が猫を大切にしてきたからでしょうし、
猫にとっても住みやすい土地なのかもしれませんね。

島内を歩いていると至るところで猫に出逢います。


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人口の少ない島ですが、かつては簡易郵便局があったそうです。
現在は、ポストカードなど田代島の猫グッズを販売するお店と
島の小さな歴史館になっていて、
観光客のお立ち寄りスポットにもなっています。

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船で石巻市に戻ります。まずは海に近い門脇地区へ。
「がんばろう!石巻」の文字が大きく書かれた看板で応援の記念撮影。

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石巻市は仙台市に次ぐ県内第二の人口を誇り、
カキの養殖など全国的に名高い水産都市です。

また「マンガの街」としても知られ、
石巻駅から石ノ森萬画館の間のマンガロードには、
宮城県出身の漫画家・石ノ森章太郎さんの作品のキャラクターが立っています。

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石ノ森章太郎さんの萬画の世界観に触れる石ノ森萬画館と記念撮影です。


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大きな都市・石巻を起点に女川町、田代島と回ってきましたが、
最後は仙台市街地から車で約40分の仙台空港周辺の岩沼市へ立ち寄りました。

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海に近いこのエリアも震災では大きな被害を受けました。
向こうに見えるのが仙台空港。
空港の裏手、海側は現在、「千年希望の丘」として整備され、
慰霊碑も建っています。

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<ご当地フォルムカード>第7弾/宮城県「ずんだ餅」が、
今回の旅の最後に 「千年希望の丘」で記念撮影をしました。

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岩沼海浜緑地内への津波は8mの高さに達したそうですが、
高さ約10mの丘の上に3名の方が避難して助かったそうです。
津波の力の減衰や避難場所として丘を築き、植樹をするなどして
「千年希望の丘」は整備されているところです。

その想いは、
「千年先の子供たちが笑顔で幸せに暮らせることを願って」
というものです。


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最後に、石巻市の石巻郵便局の風景印をご紹介したいと思います。

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北上川、マンガロードのモニュメント「ロボコン」、
そして震災時、多くの方が避難して助かった日和山です
(風景印日付は画像消去処理をしております)。





2015年03月08日

富山の旅


<ご当地フォルムカード>第4弾/富山県「雨晴海岸」と
第6弾「おわら風の盆」が、間もなく3月14日に開業する
(東京・金沢間)北陸新幹線停車駅でもある富山駅を起点に
富山県内を旅しました。


まずはJR富山駅と市街地中心部を呉羽山から望みます。
間もなく眼下のこの線路上を北陸新幹線が走ることになります。

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JR富山駅北口を出るとすぐ、富山ライトレールのかわいい路面電車
"ポートラム"の乗り場があります。


富山の旅。まずは第6弾「おわら風の盆」が、JR富山駅から電車に乗って
お膝元の越中八尾まで行ってみました。
越中八尾まではJR高山本線でだいたい30分弱の小旅行です。

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風情を感じさせる越中八尾駅。

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「おわら風の盆」が行われる、坂のある古い町並みに靄がかかる中、
第6弾「おわら風の盆」が里帰りの記念撮影。

「おわら風の盆」は、2005(平成17)年の平成の大合併で
富山市に編入した旧八尾町のある八尾エリアで、
毎年9月1日から3日にかけて行われている民謡行事(まつり)です。


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次に訪れたのは、かつての加賀藩二代藩主・前田利長が築いた
高岡城の城下町で、県内第二の都市・高岡市。
北陸新幹線の「新高岡」駅が14日に開業します。

そして、この高岡市には、富山県初にして現在も県内唯一の
国宝となっている「瑞龍寺」という壮麗な建造物があります。

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瑞龍寺へ向かう参道には前田利長の銅像、近くにはその墓所もあります。

第6弾「おわら風の盆」が瑞龍寺にて記念撮影。
背後に映るのは、国宝の山門。

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瑞龍寺は、前田利長公が没した1614(慶長19)年、
跡を継いだ三代藩主・前田利常が開基となり創建されました。
山門の他、仏殿、法堂(写真下)の三つの建造物が
国宝指定を受けています。

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別行動をとっていた第4弾「雨晴海岸」も、ご当地・雨晴海岸を訪れました。

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海沿いにある雨晴駅には、絵柄と同じ写真が掲げられていました。
駅を出てから歩いて約5分。海岸に到着します。
あいにくの天気で向こうに立山連峰の姿は望めませんでしたが、
こちらも記念撮影。

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1187(文治年間)年に、源義経と弁慶が山伏姿に身をかわして
奥州へ落ち延びる途中に、にわか雨が晴れるのを待ったという
岩「義経岩」が近くにあります。これが「雨晴(あまはらし)」の
地名の由来といわれています。


雨晴海岸で立山連峰を望むことができなかったので、
富山市役所最上階の展望塔に行ってみました。
すると運良く立山連峰が姿を見せてくれました。

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富山の旅もそろそろ終わり。
帰京するためにJR富山駅へ戻ります。

その駅前と駅入口前には、富山ならではの
「富山の売薬」の像が立っていました。

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最後に、「風の盆」の風景印をご紹介したいと思います。
八尾駅前郵便局が「風の盆」の風景印を使用しています。

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(風景印日付は画像消去処理をしています)。





2015年03月06日

姫路城


<ご当地フォルムカード>第3弾/兵庫県「姫路城」が、
世界文化遺産「国宝・姫路城」を訪れました。

3月10日に全線開業40周年を迎える山陽新幹線の姫路駅を出ると、
真正面に白亜に輝く姫路城の姿を遠望することができます。

長くつづいた大天守保存修理工事が終わり、
いよいよこの27日にグランドオープンを迎えます。

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JR姫路駅北口を出て歩くこと約20分。
一直線の道ですが、ずっと姫路城の姿を見ながら歩くため、
あまり遠い感じは受けません。

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現存十二天守のうち国宝に指定されているものは「国宝四城」
(姫路城・彦根城・犬山城・松本城)といわれますが、
その中でも世界文化遺産に登録されているのは姫路城ただひとつです。


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さすがの佇まいを見せる姫路城の連立式天守閣。
その約400年もの歴史の中で一度も戦火にまみえることなく、
天守や櫓、門などが良好な状態で保たれている希有な城ともいえましょうか。

世界に誇る白亜の名城で、第3弾「姫路城」が記念撮影をしました。

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姫路城を高台から望む手柄山中央公園へ移動します。

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遠くから市街地と共に見ると、天守閣の高さがよく分かります。
最後に姫路城、山陽新幹線とのコラボ撮影をしました。


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山陽新幹線に乗って帰路につく前に、姫路駅近くで「明石焼」をいただきました。

おっと、となりにちらっと見えるのは、もしかして第4弾「明石焼(玉子焼)」
ではないでしょうか?

こちらもさりげなく、旅をしていたのでしょうか・・・。


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2014年05月20日

西福寺開山堂と石川雲蝶

<ご当地フォルムカード>第六弾/新潟県「西福寺開山堂」が、
魚沼市の西福寺に里帰りしました。

まずは山門で記念撮影。

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西福寺(正式名:赤城山西福寺)は、織田信長の誕生と同じ
1534(天文3/宝寿2)年に開創された約480年の歴史を持つ古刹です。


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山門をくぐると本堂(右)と開山堂(左)があります。
1802(享和2)年に再建された本堂内の襖には、
江戸幕末期の彫物師・石川雲蝶による絵が施されています。

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「孔雀遊戯図」。

石川雲蝶は、1814(文化11)年に江戸・雑司ヶ谷で生まれました。
わずか20歳前後で江戸彫石川流を極めて苗字帯刀を許可されたと
いわれています。

30代になって新潟県の三条に移り住み、以降、越後人として
各地に数多くの作品を残し、現在では「日本のミケランジェロ」
(「東洋の」とも「越後の」ともいわれる)といわれています。


今年生誕200周年を迎えている、その石川雲蝶の作品の中でも、
とりわけ鮮烈な印象を残すものが、ここ開山堂にある
「道元猛虎調伏の図」です。

いよいよ<ご当地フォルムカード>が、開山堂内でその作品との
ツーショットに臨みました。


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雲蝶終生の大作といわれる大彫刻は、透かし彫りという細部に渡る
緻密さと彫りの深さから、見るものを圧倒する迫力を生んでいます
(許可を受けて撮影しています。実際には開山堂内は、撮影禁止
 となっています)。


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境内に出ます。
そこには、開山堂内にある木彫りの
「鬼退治の仁王尊」像を製作中の雲蝶をイメージした像があります。

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同じく境内で開山堂と記念撮影。

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開山堂が完成したのは1857(安政4)年。
冬は豪雪地帯でもあるこの地で、御堂を雪から守るために
昔は寺村の若者が命綱をとり茅葺屋根にのぼって雪下ろしを
していたそうですが、1999(平成11)年に、写真に見えるような
覆い屋根ができました。

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豪雪期でもご覧の通り、御堂の屋根は雪から守られています
(2013年12月撮影)。


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西福寺のユニークな点がもうひとつあります。
本堂の入口にあたる庫裏・拝観受付を入って右手の階段を
上がった屋根裏が、カフェになっています。

西福寺に参拝し、開山堂で石川雲蝶作品の迫力に触れたら
カフェでひとやすみも一計。

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お茶をいただいて、ひとやすみしたら西福寺を後にして、
エリア最大の郵便局、小出郵便局へ。
魚沼市街地中心部、魚沼市役所の近くにあります。

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風景印は、越後三山(八海山・越後駒ヶ岳・中ノ岳)が描かれていますね
(風景印日付は画像消去処理をしています)。




今日はこれで魚沼を後にしますが、
行き方をすこしご紹介したいと思います。

お車の場合は、関越自動車道・小出ICで下りて約7分、
鉄道利用の場合は、上越新幹線・浦佐駅下車タクシーで約10分で、
それぞれ西福寺に着きます。

西福寺の情報のほか、魚沼観光の情報は魚沼市観光協会で入手可能です。
小出ICを下りて約5分ほど走った「道の駅ゆのたに」にあります。

http://www.city.uonuma.niigata.jp/kankou/

★石川雲蝶生誕200周年記念事業実行委員会
http://www.city.uonuma.niigata.jp/kankou/view/uncho.html#%88%CF%88%F5%89%EF

★西福寺ホームページ
http://www.saifukuji-k.com/


2014年05月12日

箱根登山電車


<ご当地フォルムカード>第六弾の先陣を切って
神奈川県「箱根登山電車」が、小田原・箱根エリアを旅しました。

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まずは箱根登山電車の起点である小田原駅で、
後北条氏の祖・北条早雲公像にご挨拶(像は駅西口前にあります)。


戦国の世には後北条氏の城下町、江戸時代は東海道の宿場町
としていずれも栄えた小田原。

現在では、小田急小田原線、JR各線などが乗り入れる
抜群の交通アクセスを誇っています。
箱根登山電車も、この小田原から多くの観光客を
箱根方面へと運んでいます。


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標高14mの小田原駅を出発する箱根登山電車は、
箱根湯本駅(標高96m)の次の塔ノ沢駅から
標高が150mを超え(153m)、出山、上大平台の
2つの信号場と大平台でスイッチバックが行なわれ、
その後、温泉、ホテル、美術館などで賑わう宮ノ下駅、
小涌谷駅、彫刻の森駅を経て、強羅駅に着きます。

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風祭駅付近にて。

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スイッチバックが行なわれる大平台駅にて。


小田原駅を出発した箱根登山電車の終点が、
標高541mの強羅駅です。

小田原駅との標高差は527m。
まさに日本有数の本格的な山岳鉄道・箱根登山電車ならではですね。
強羅駅までは約一時間の乗車となります。

強羅駅は「周囲の自然に調和し、スイスをイメージした
山小屋風の駅」という理由で、関東の駅百選に選定されています。
同駅からは「国登録記念物」に認定されている
美しい強羅公園へも歩いて行くことができます。

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強羅駅にて記念撮影。

この強羅駅からは、早雲山まで行くことのできる
箱根登山ケーブルカーが出ています。

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強羅駅前にある郵便局が、箱根強羅郵便局。

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郵便局側から強羅駅(駅舎の左側)を見ると
このような感じです。

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<ご当地フォルムカード>の絵柄で箱根登山電車が走る
線路脇に咲くあじさい。箱根登山電車を象徴するシーンで、
箱根の初夏の風物詩でもありますね。

沿線のあじさいは毎年、6月中旬頃が開花の時期となります。
箱根登山電車のホームページにも詳細が掲載されています。

http://www.hakone-tozan.co.jp/sightseeing/

ひときわ幻想的なのが、ライトアップされた
夜のあじさいです。6月21日から全席予約指定で運行される
「夜のあじさい号」にも乗ってみたいですね。


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強羅を後にして、小田原へ戻ります。
最後に観光ランドマークの小田原城に立ち寄りました。

北条早雲(当時の伊勢宗瑞)が小田原に進出して以降、
後北条氏五代約100年に渡る関東支配の拠点として
整備された小田原城。現在の天守閣は、1960(昭和35)年に
小田原市制20周年記念事業として復興されたものです。

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小田原・箱根エリアはまだまだ見どころたくさんですが、
今日のところは箱根登山電車と小田原城のご紹介で
帰路につきたいと思います。

最後に沿線郵便局の一部の風景印と局名入りポスト型はがきを。

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(左:箱根湯本郵便局の風景印)。
(右:箱根強羅郵便局名入りポスト型はがき)。

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(箱根宮ノ下郵便局の風景印)。

※風景印の日付は画像消去処理をしています。



2014年04月04日

餃子


無性に餃子が食べたくなること、ありませんか?

<ご当地フォルムカード>第三弾/栃木県「餃子」が、
"餃子の街"として知られる栃木県宇都宮市を訪れました。

JR宇都宮駅西口を出てバスターミナルの端に立っている
ユニークな「餃子像」と記念撮影をしました。

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宇都宮市は栃木県の県庁所在地で、人口は約52万人
(2014年3月現在:宇都宮市HPより)の大きな街です。

宇都宮市と餃子の関わりは深く、長年、餃子消費量日本一を誇っていました。
東日本大震災後、浜松市(静岡県)に抜かれましたが、
2013(平成25)年に764円差で三年ぶりに日本一に返り咲き、
この2月に市内で「宇都宮餃子消費量日本一奪還感謝フェスティバル」
が行なわれました。

さて「餃子像」。その足元にある説明文によれば
「ギョーザの街・宇都宮のシンボルとして、餃子の皮に包まれた
ビーナスをモチーフに地元の大谷石を使い製作したもの」だそうです。
最初に見たとき、モチーフは何だろう?と思いましたが、
ビーナスと知って納得でした。


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JR宇都宮駅西口と餃子像から徒歩約20分程度の中心部に、
百貨店、量販店、ホテルから宇都宮市役所、宇都宮城址公園、
宇都宮中央郵便局などが点在しています。その先を行けば、
東武宇都宮駅に辿り着きます。

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いちょう通りを進み、市内をタテに流れる田川を超えると
間もなく宇都宮城址公園です。


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約500年もの間、宇都宮を支配していた宇都宮氏が城主だった宇都宮城が
築かれたのは平安時代ともいわれています。
1868(慶応4/明治元)年から始まった戊辰戦争で建物の大半を消失
したとされています。

当時の面影はまったくありませんが、現在ではその本丸跡に建物が復元、
城址公園として整備されています。

かつての宇都宮城に敬意を表して記念撮影をしました。


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駅から少々距離があって歩き疲れたところで
<ご当地フォルムカード>は無性に餃子が食べたくなり、
"餃子の街"でお店に入りました。

さすが日本一の街とあって、とても美味しかったです。


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最後に立ち寄った宇都宮城址公園から
宇都宮中央郵便局は通りひとつで、とても近いです。
<ポスト型はがき>と共に風景印をご紹介します。


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(日付は画像消去処理をしています)。

風景印の図案は、郵便局からほど近い東武宇都宮駅至近にある
松が峰教会です。現存する大谷石造りの建物では日本一の大きさ
を誇る教会で、ドラマや映画のロケ地としても登場します。

図案が西洋風なので、「UTSUNOMIYA」というローマ字表記
になっているのでしょうか。






2014年03月31日

<ご当地フォルムカード> 第六弾



<ご当地フォルムカード>の最新シリーズとなる第六弾を、
4月21日から全国の郵便局(一部の簡易郵便局を除く)で
販売致します。

<ご当地フォルムカード>第一弾(2009年9月発売)から
第五弾(2013年4月発売)までの合計235種類(「富士山」を除く)
が販売されていますが、その累計販売枚数は340万枚
(2014年2月現在)を超え、好評を頂いています。

第六弾となる今回も、
各都道府県を代表する食べ物や名所を選びました。
当欄ではその一部をご紹介したいと思います。



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第五弾の東京都「東京駅丸の内駅舎」とのつながりで、
佐賀県は「武雄温泉楼門」(武雄市)です。


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国の重要文化財に指定されている「武雄温泉楼門」の設計は、
「東京駅丸の内駅舎」を設計した辰野金吾氏です。

「東京駅丸の内駅舎」のドーム天井には
十二支のうち八つの干支が飾られていますが、
残る四つの干支(卯・酉・午・子)が昨年、
「武雄温泉楼門」から発見されました。

「東京駅丸の内駅舎」と「武雄温泉楼門」にあしらわれた
それぞれ八つと四つの干支を組み合わせると十二支になる仕組みです。
なぜこのように分けたのか。意図を含め謎のようです。

ちなみにその辰野金吾氏の出身は、唐津市(佐賀県)。
第一弾/佐賀県「唐津くんち」とのリンクしてきますね。



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全国都道府県とは別に
<ご当地フォルムカード>が一最初に発売されたのが
「富士山」(静岡県・山梨県限定/2009年7月発売)です。


その富士山は昨年、世界文化遺産になりました。
第六弾の静岡県と山梨県の絵柄は、
世界文化遺産「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」
の構成資産でつながっています。

静岡県は「富士山本宮浅間大社」(富士宮市)。


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<ご当地フォルムカード>で初めてとなる神社の絵柄です。

「富士山本宮浅間大社」は、全国の浅間神社の総本宮と称えられています。
その奥宮は、富士宮口から登りつめた富士山頂に鎮座しています。

<ご当地フォルムカード>「富士山」が、
2008年に富士宮口から富士山に登った際のブログ記事にも、
それが登場しています。


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(左手が富士山頂郵便局になります:写真は09年当時のもの)。



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山梨県は「北口本宮冨士浅間神社」(富士吉田市)です。

こちらは富士山登山への山梨県側(吉田口)登山道の入口です。
大鳥居は木造としては、日本最大とされ、
昨年から60年に一度の式年大修理が行われています(4月竣功予定)。


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(写真は、今年1月の撮影)。


この冬は山梨県も大雪でたいへんでした。
カードのデザインのような暖かい季節が待ち遠しいですね。


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東北では北から順に「ねぶた祭」(青森県)、「秋田竿燈まつり」(秋田県)、
「七夕まつり」(宮城県)、「花笠まつり」(山形県)、
「相馬野馬追」(福島県)と、主要な夏まつりがこれまで登場してきました。
唯一残っていた岩手県から、「盛岡さんさ踊り」が登場です。


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<鉄道フォルムカード>シリーズでも人気の「鉄道」モノ。

<ご当地フォルムカード>でも毎回登場しますが、
今回の鉄道モノは「箱根登山電車」(神奈川県)です。
小田原・強羅間を走る国内有数の本格的山岳鉄道。

自然景観をそこねないように敷設されたため、
四季折々の箱根の美しい景観を車窓から楽しむことができます。
特に人気が高いのは、
箱根の初夏の風物詩でもある「あじさい電車」ですね。


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その他、定番の食べ物から観光名所、伝統工芸品まで
各都道府県の王道が登場しますので、ご期待ください。

これからもひきつづき<ご当地フォルムカード>を
ご愛顧頂きますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。


47都道府県全絵柄は、4月14日にウェブサイトに掲載いたします。



2014年03月28日

岐阜城と金華山


<ご当地フォルムカード>
第三弾/岐阜県「鵜飼」と第五弾「郡上おどり」が、
岐阜市を訪れました。

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JRの岐阜駅前には金色に輝く織田信長像が立っています。

現在の岐阜市の町を形作ったのが、
かつて美濃国(現在の岐阜県南 部)の国主だった斎藤道三。
織田信長の父・信秀はその道三と戦いを 繰り広げた果てに、
東は駿河の今川氏を攻略するために道三と同盟 を結びました。

同盟において、道三の娘・濃姫と政略結婚をしたのが、 信長でした。

その後、信長は1567(元禄10)年に、
現在の岐阜市内の金華山の頂き にあり
難攻不落といわれた城を攻略し、
地名を「岐阜」、城名を「岐阜 城」とあらためたとされています。

信長と城といえば、
清洲城、小牧山城、安土城そのほか様々な物語 がありますが、
天下統一に向けての飛翔期ともいえる時期の岐阜城 とも
ゆかりが深いことから、今も岐阜市民を見渡しているかのようですね。

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岐阜城のある金華山の麓は、
斎藤道三や織田信長の居館があった とされている場所で、
現在は岐阜公園となっています。

その一角に
山 内一豊と千代の婚礼の場とされた地があり記念碑が立っています。
下級武士だった一豊は信長にしたがい岐阜に移りました。

岐阜公園付近から金華山を見上げると、
山頂に岐阜城の姿が視界に入ります。

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ここで<ご当地フォルムカード>第五弾/岐阜県「郡上おどり」が、
金華山、岐阜城をバックに記念撮影しました。

日本三大民謡のひとつに数えられる
「郡上おどり」が行われるのは、郡上市。
郡上市といえば、山内和豊と婚礼をあげた見性院(千代)が育った地です。
婚礼の地にある記念碑に刻まれている文字には、
「長良川と一豊を愛した 伴侶の鏡 千代を讃える」とあります。

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ロープウェイで登った金華山の山頂からは
鵜飼で知られる長良川、岐阜市内の街並を一望することができます。
長良川、岐阜城、そして鵜飼の構図は、まさに岐阜市を象徴する
王道ともいえましょう。

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約1,300年の歴史があるとされる長良川の鵜飼。
長い年月をかけて古典漁法として伝承されてきたもので、
毎年五月中旬から十月中旬の間、皇室の保護のもとで
御料鵜飼として行われています。

鵜飼を職業とする人々に対して、織田信長は「鵜匠」という
地位を与えて、やはり保護してきたといわれています。

ロープウェイの山頂駅に着いてさらに頂上を目指すと、
そこに岐阜城天守があります。
<ご当地フォルムカード>第三弾/岐阜県「鵜飼」が
天守を背景に記念撮影をしました。

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現在の岐阜城天守は1956(昭和31)年に復興されたもので、
現在築城されている城郭の中では
有数の高さ(標高329m)に位置しています。
楼上は展望台になっています。

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最後に、鵜飼を見物に来た際に松尾芭蕉が残した句を
ご紹介したいと思います。

「おもしろうて やがてかなしき 鵜舟かな」。


金華山ロープウェイ山麓駅側の岐阜公園入口や
岐阜市歴史博物館の近くにある郵便局は、
岐阜木材町郵便局です。




2014年03月21日

法善寺横丁


昨年(2013年)、生誕100周年を迎えた作家・織田作之助の著作
「夫婦善哉」でも知られる法善寺横丁に、
<ご当地フォルムカー ド>第五弾/大阪府「法善寺横丁」が
里帰りしました。

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大阪ミナミのシンボル的存在ともいえる法善寺横丁は、
石畳の小路の 両側に小料理屋やバーなどが軒を連ねています。
カードでも表現され ていますが、
お店がまく打ち水に濡れた石畳など、
大人の風 情と浪速の情緒が漂うエリアです。

横丁の入口は東側と西側にあり、
東は三代目・桂春団治さん、西は 藤山寛美さんの揮毫による
「法善寺横丁」と書かれた看板が上部にか かっています。

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横丁の中心には法善寺があり、
「水かけ不動さん」として親しまれ ている不動明王が苔むした姿で、
願かけで水をかける多くの人々 を迎え入れています。

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そして、その「水かけ不動さん」の近くには
小説「夫婦善哉」でも シーンとして登場する、
ぜんざいを食べさせてくれるお店があり、
多くの人で賑わっています。

ちょうど<ご当地フォルムカード>が旅した日は
「いい夫婦の日 (11月22日)」で
ぜんざいが振る舞われてい たので、一杯いただきました。

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横丁の小路には、
1960(昭和35)年の演歌歌手・藤島恒夫さんのヒッ ト曲
「月の法善寺横丁」の歌碑のほか、大阪庶民の人情を描いた
織田 作之助さんを讃える句碑が立っています。

その碑には、
『行き暮れて ここが思案の善哉かな』という名文がしたためられて います。

<ご当地フォルムカード>が浪速人情と織田作之助さんに敬意を表し、
最後にその碑で記念撮影をしました。

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古き良き大阪の市井の情感を今も残す法善寺横丁は、
大阪の原風景 のひとつともいえましょうか。

法善寺横丁の近くにある郵便局は、大阪千日前郵便局になります。




2013年11月18日

犬山城



「桃太郎伝説」は、岡山県(岡山市)、香川県(高松市)、
そして愛知県(犬山市)などに伝えられています。
<ご当地フォルムカード>の旅、今回は愛知県犬山市にやってきました。

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岐阜県との県境になる犬山市には、
国宝四城(現存十二天守のうち国宝 になっている四つの城
=姫路城、犬山城、彦根城、松本城)のひとつ である犬山城があります。

写真は、愛知県側、名鉄犬山線が県境を走る犬山橋の方から
右手に木曽川を 置いて、犬山城を見上げる構図です。
木曽川の右手が岐阜県各務原市になります。

小高い山の上にある犬山城は、
室町時代の1537(天文6)年に建てられました。
天守のある場所柄、天守からの眺望がとりわけ素晴しく、
その展望廊下も少々 狭くスリリングです。

<ご当地フォルムカード>第四弾/愛知県「国宝犬山城」が、
国宝犬山城を 訪れました。まずは天守に登ってみます。

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天守閣の最上階。
廻縁といわれる展望廊下の歩くスペースはこの狭さですので、
<ご当地フォルムカード>も
いささか怖がって腰が引けている感じです。

この眺望は東の方角。
向こうに見える橋は、名鉄犬山線の電車が走る犬山橋です。
下の写真は北側の眺めで、岐阜県側を捉えています。
かなりの高さがあります。

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この木曽川の上流に大桃という場所があり、
「桃太郎伝説」の桃は、そこから流れてきたといわれています。
おじいさんとおばあさんが住んでいたとされる場所も、
犬山城からさほど遠くない山里だとされています。
洗濯岩でおばあさんが洗濯していたときに、
大きな桃が流れてきたのですね。

天守を下から見てみます。<ご当地フォルムカード>に近い構図で記念撮影。

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望楼型三重四階地下二階構造の天守閣。
この天守のある部分に「桃」が あしらわれています。

桃が亀の甲羅の上に乗った形の彫り物が、
魔除けとして付いています。

犬山城の「犬」や、魔除けの一部に「桃」が 施されている点などは、
「桃太郎伝説」と関わりがあるのかどうか 気になるところですね。


最後に、犬山城への最寄駅(犬山駅)近くにある
犬山郵便局の風景印を ご紹介します。やはり犬山城が描かれています。



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国宝犬山城とともに風景印に描かれているのは、
博物館明治村内にある 聖ヨハネ教会堂。
(風景印日付は画像加工消去処理しています。
郵送の場合は、120円切手 を貼付ください)。

犬山市には国宝犬山城だけではなく、
「桃太郎伝説」に関わる桃太郎神社、 国宝の茶屋「如庵」、
博物館明治村ほか、多くの観光ランドマークが あります。


2013年10月09日

こんぴらさん



岡山県岡山市の市街地から車を走らせると、
ほどなく倉敷市になります。
倉敷といえば美観地区やジーンズで知られていますね。

その倉敷を本州側、香川県坂出市を四国側として、
本州と四国を 瀬戸内海上で結ぶ
本州四国連絡橋のひとつが瀬戸大橋。

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自動車道路の下部が鉄道線になっている
鉄道道路併用橋としては、世界最長 を誇っています。
眼下には瀬戸内海と、そこに浮かぶ島々の美しい姿が広がっています。

四国の香川県に入ります。
<ご当地フォルムカード>第四弾/香川県「旧金毘羅大芝居」が、
旧金毘羅大芝居(金丸座)を訪れました。

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貴重な文化的建造物として
国重要文化財に指定されている旧金毘羅大芝居は、
1835(天保6)年に建てられた、現存する国内最古の芝居小屋です。
秋田県鹿角郡の康楽館、兵庫県豊岡市の永楽館、
愛媛県喜多郡の内子座など大正以前に建てられて
現存する文化財としての芝居小屋がありますが、
旧金毘羅大芝居は天保年間の完成として170年強の歴史を誇っています。

"こんぴらさん"で知られる金刀比羅宮への参詣、
その旅での楽しみのひとつとしても旧金毘羅大芝居での
芝居見物があったとされています。

現在では、1985(昭和60)年から
「四国こんぴら歌舞伎大芝居」として
旧金毘羅大芝居での歌舞伎が復活しています。

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金刀比羅宮の門前町にある旧金毘羅大芝居を後にして、
こんぴらさん詣でを
<ご当地フォルムカード>第三弾/香川県 「丸亀うちわ」と共に進めます。

こんぴらさんの参道にある石段は、
御本宮まで785段、奥社まで 1,368段あり、
山寺(山形県)同様にその行程は楽ではありませんが、
登るとすばらしい眺望を望むことができます。

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眼下に善通寺市内や遠くに丸亀市、
そして讃岐富士と呼ばれるかわいい 形の飯野山(丸亀市)が見えます。

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こんぴらさん詣でが終わったら、
門前町で、やはり 讃岐うどんを食したいですね。
<ご当地フォルムカード>第一弾/香川県「讃岐うどん」も
ちゃっかり やって来て、讃岐うどんを食しました。

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こんぴらさん参拝で買った、実際の丸亀うちわとも記念撮影。

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岡山から瀬戸大橋を渡って
四国に入った坂出から、金刀比羅宮の入口 でもある琴平までは
車で約一時間以内の近距離です。

その間に、 丸亀市、善通寺市などがあり、
前者には、現存天守で国重要文化財の 丸亀城、前述した飯野山など、
後者には国重要文化財で空海生誕地 とされる善通寺、
同じく国重要文化財の旧善通寺偕行社など
多くの見どころが点在しています。

金刀比羅宮に最も近い郵便局は、
琴電琴平駅近くにある琴平郵便局です。



次回は、「桃太郎伝説」のもうひとつの地、愛知県犬山市を訪れます。

2013年10月01日

岡山


長らくご無沙汰しておりましたが、
<ご当地フォルムカード>の旅を 再開させて頂きます。
お付き合いのほど、どうぞよろしくお願い致します。

今回は「桃太郎伝説」の地、岡山県岡山市を訪れました。

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<ご当地フォルムカード>第一弾/岡山県「桃太郎」が、
JR岡山駅前にある 桃太郎像とご対面。
両者とも、イヌ・サル・キジをしたがえています。

「桃太郎伝説」と「鬼が島」には諸説あり、ゆかりの地も複数あります。
桃太郎像が見ている先は鬼が島(香川県女木島)とされています。

岡山県といえば「晴れの国おかやま」としても知られています。
恵まれた自然、温暖な気候で晴れの日が多いこと、災害が少ないこと、
おいしい食べ物が多いことなどから「晴れの国おかやま」と
呼ぶようになり、1989(平成元)年から県の標語としているそうです。

岡山県は、1981(昭和56)年から2010(平成22)年の
過去30年間の年間降水量の平均値で、一日1mm未満の日数が
「276.8日」と全国第一位です。

岡山には青空が広がっているイメージ はありますね。

<ご当地フォルムカード>が旅した日の中で、
その「晴れの国おかやま」 では貴重な雨と出逢うことができました。

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雨に霞む岡山後楽園と<ご当地フォルムカード>第四弾/岡山県「岡山後楽園」。
なかなか風情があります。向こうに岡山城の姿も見えます。

岡山後楽園は、金沢の兼六園、水戸の偕楽園と共に
日本三名園として 知られる国特別名勝で、
岡山藩の二代目藩主・池田綱政が、 やすらぎの場として作らせた庭園。

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綱政の子・継政の時代に築かれた唯心山から庭園を見ます。
それまで平面的だった庭園が唯心山によって立体的な景観を生み出しました。
山の斜面はツツジ、サツキが紅白で彩ります。
<ご当地フォルムカード>第四弾/岡山県「岡山後楽園」でも、
唯心山、ツツジ、向こうに見える岡山城が描かれています。

岡山後楽園と川を挟んで悠然とした姿で立つのが漆黒の岡山城。

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大大名・宇喜多秀家が、豊臣秀吉の教えを受けて築城。
1597(慶長2) 年に完成した岡山城。

現在の天守閣は、1945(昭和20)年の空襲によ って焼失した後、
1966(昭和41)年に再建されたもの。
天守の下を流れる旭川を挟んで左側が岡山後楽園になります。

岡山後楽園、岡山城、吉備津神社など
多くの観光ランドマークがある 岡山市は、2009(平成21)年に政令指定都市となり、
人口70万人を 超える大きな都市となっています。

JR岡山駅と岡山後楽園の中間あたりに位置する大きな郵便局が、
岡山中央郵便局です。




次回は、この岡山から瀬戸大橋を渡り四国へ行ってみたいと思います。


2013年03月21日

<ご当地フォルムカード>第五弾



ご好評を頂いております全国都道府県の名所・名物などを
かたどったポストカード、<ご当地フォルムカード>。

昨年2月発売の第四弾に続く第五弾が、
4月15日(月)から発売となります。

全国都道府県の絵柄詳細は
4月12日にリニューアルする
ご当地フォルムカードのウェブサイト
http://www.postacollect.com/gotochi/index.html
に掲載させて頂きますのでご覧ください。

本日は絵柄の一部をご紹介させて頂きたいと思います。

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札幌市の市木、長沼町の町花<ライラック>(北海道)。
5月下旬からは札幌市内で恒例の
「さっぽろライラックまつり」が 開催されます。


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昨年、埼玉県の建造物として
初めて国宝に指定された
絢爛豪華な<歓喜院聖天堂>(埼玉県)。


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今年完成50周年を迎えた<黒部ダム>(富山県)。

<ご当地フォルムカード>第五弾発売開始翌日の4月16日から、
今年の観光シーズンが始まります。
(4/16〜黒部ダム観光及び関電トンネルトロリーバスの営業再開予定)。

また富山県の第一弾の絵柄となった
<立山黒部アルペンルート>も同16日に全線開通が予定されています。


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九州からは、鼻先、尾の先、四本の足先が白い
「六白」が特徴の 、<かごしま黒豚>(鹿児島県)。


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本日最後にご紹介させて頂くカードは<フラダンス>(福島県)。

フラダンス(本来は、踊りを意味する"フラ"と呼ばれるそうです)は、
自分が生まれ育った土地や自然への想いを
身体で表現して心で踊るという部分もあるそうです。

地元への想い、旅での人や土地との出逢いと想い出などを
<ご当地フォルムカード>を通して、
大切な人とつなげていただくことができれば、うれしく思います。


今回も可能な限りそれぞれの地へ足を運び、
その空気感に触れながら ひとつひとつの絵柄をつくらせていただきました。

<ご当地フォルムカード>第五弾もひきつづきご愛顧のほど、
どうぞよろしくお願い申し上げます。



2012年08月15日

北関東-2


北関東編のパート.2では
<ご当地フォルムカード>第四弾/茨城県「袋田の滝」が、
茨城県大子町の袋田の滝を訪れました。

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高さ120m、幅73mの大きさを誇り
日本三名瀑のひとつに数えられている袋田の滝。
絵柄の構図と同じ場所で記念撮影。

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次にエレベーターで上がった最上部の観瀑台へ行ってみます。
大岩壁を四段に流れることから
「四度の滝」といわれていますが、
想像以上のスケール感を覚えさせてくれます。

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滝川の流れる音色が響きはじめる春、鮮やかな緑の夏、
紅葉との交錯が美しい秋、
そして凍結して神秘的な氷壁となる冬・・・。
季節ごとに異なる美しさを見せてくれます。

昨秋訪れた際に撮影した秋の様子を一枚。

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その昔、ここを訪れた西行法師が
「四季に一度ずつ来てみなければ本当の良さはわからない」
と絶賛したといわれていますが、
まさに四季ごとに滝を訪れたくなります。

袋田の滝がある大子町は、
JR水郡線と国道118号によって結ばれている
茨城県水戸市と福島県郡山市の間に位置しています
(JR水郡線で、水戸-常陸大子が約1時間20分、
 郡山-常陸大子が約1時間50分)。

昨年放送されたNHK朝の連続テレビ小説
「おひさま」のロケ地となった旧上岡小学校も
人気の観光スポットになっています。

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袋田の滝では現在、
<ご当地フォルムカード>第四弾/茨城県「袋田の滝」
を窓口で提示すると
観瀑料金が割引になるキャンペーンを実施中です。

*割引料金  
 大人(中学生を除く15歳以上)300円→250円   
 小人(小・中学生)150円→100円
*<ご当地フォルムカード>
 第四弾/茨城県 「袋田の滝」を窓口で提示
*同カード1枚につき、1名分の割引適用。
*期間は2012年8月31日まで

その他詳細は、以下をご覧ください。
http://www.postacollect.com/news.html#news02

最後に風景印をご紹介します。

袋田の滝にもっとも近い郵便局である
大子袋田郵便局の 風景印は「袋田の滝」です。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。



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2012年08月14日

北関東-1


<ご当地フォルムカード>
第四弾・北関東(栃木県・茨城県・群馬県)のカードが
それぞれ絵柄の現地を訪問しました。

パート.1として栃木県と群馬県をレポート致します。

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<ご当地フォルムカード>第四弾/栃木県「史跡足利学校」が、
史跡足利学校を訪れて記念撮影。

イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルによって
『日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学』と
世界に紹介された、日本で最も古い学校とされる史跡足利学校。

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静寂に包まれる史跡内には復原された方丈や庭園などが点在。
当時の学徒がどのようなところで学んでいたかを
見学することができます。

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史跡足利学校では現在、
<ご当地フォルムカード>
第四弾/栃木県「史跡足利学校」を窓口で提示すると、
参観料金が割引になるキャンペーンを実施中です。

*割引料金  
 大人400円→330円 高校生210円→160円(要学生証)
*<ご当地フォルムカード>
 第四弾/栃木県 「史跡足利学校」を窓口で提示
*同カード1枚につき、2名分の割引適用
*期間は2012年12月31日まで

その他詳細は、以下をご覧ください。  
http://www.postacollect.com/news.html#news02

最後に風景印をご紹介します。
エリアで最も大きい郵便局である
足利郵便局の風景印が、 「史跡足利学校」です。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。




「史跡足利学校」は
最寄りのJR両毛線「足利駅」から徒歩約10分。

足利市にはその他、足利家の氏寺である「鑁阿寺(ばんなじ)」、
足利の守護神が奉られている「織姫神社」、
歌手・森高千里さんのヒット曲「渡良瀬橋」の舞台である渡良瀬橋、
"藤"で有名な「あしかがフラワーパーク」など、
多くの観光名所があります。


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続いては、以前も当欄でご紹介した群馬県の富岡製糸場。

7月12日に行われた
文化審議会世界文化遺産特別委員会(文化庁)において、
「富岡製糸場と絹産業遺産群」として
世界遺産への推薦が決定されました。

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世界遺産への推薦決定を祝う看板が立つ正門前で、
二度目の訪問となった<ご当地フォルムカード>
第四弾/群馬県「富岡製糸場」が 記念撮影。

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サルスベリが艶やかに咲いていました。

富岡製糸場でも現在、
<ご当地フォルムカード>第四弾/群馬県「富岡製糸場」を
窓口で提示すると、入場料金が割引になるキャンペーンを実施中です。

*割引料金  
 大人500円→400円  高校生・大学生250円→200円(要学生証)  
 小・中学生150円→100円
*<ご当地フォルムカード>
 第四弾/群馬県  「富岡製糸場」を窓口で提示
*同カード1枚につき、1名分の割引適用
*期間は2012年9月30日まで

その他詳細は、以下をご覧ください。  
http://www.postacollect.com/news.html#news02



2012年05月11日

「富岡製糸場」見学料割引キャンペーン


<ご当地フォルムカード>の
絵柄モチーフになった名所を訪れたり名物に触れて、
感じたことなどを手紙に書いて大切な人に送ってみませんか。

そんな想いから
<ご当地フォルムカード>x<富岡製糸場>のキャンペーンを、
5月末日までの期間でスタートしました。

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日本で最初の
官営模範器械製糸工場・富岡製糸場は現在、
世界遺産を目指して「富岡製糸場と絹産業遺産群」として
世界遺産暫定リストに記載されています。

教科書などで馴染みの深い製糸場を
実際に訪れて場内を見学するひとつの機会になればと思います。


*****

キャンペーン内容

<ご当地フォルムカード>
第四弾/群馬県『富岡製糸場』を持参すると
富岡製糸場見学料が割引(1枚につき1名様)になります。

期  間:5月31日まで
割引料金:大人500円→400円      
     高校・大学生(要学生証)250円→200円      
     小・中学生150円→100円

*****

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<ご当地フォルムカード>第四弾/群馬県『富岡製糸場』。

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見学時間や施設に関する詳細は、
富岡製糸場(TEL. 0274-64-0005) までお問い合わせください。

富岡製糸場ホームページ
http://www.tomioka-silk.jp/hp/index.html


2012年05月07日

上杉謙信



出雲崎から日本海側を西へ下っていくと上越市中心部に辿り着きます。

北陸自動車道と上信越自動車道の合流地点でもある
上越ジャンクションがあります。
関東と北陸を結ぶ物流の動脈としても重要な存在です。

そして上越といえば、戦国時代の越後の武将・上杉謙信です。

<ご当地フォルムカード>第三弾/新潟県『上杉謙信』が、
謙信のお膝元・上越市を訪れました。

まずは旧・高田市(現・上越市高田地区)にある
JR信越本線・高田駅周辺で見つけたユニークな郵便ポストで記念撮影。
ポストの上に上杉謙信の像が乗っています。

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風情ある高田駅。
ここからは日本三大夜桜の誉れ高い高田公園や
高田城三重櫓などの見どころへ行くことができます。

次に上杉謙信の居城・春日山(春日山城跡)を訪れます。
標高180mの春日山の地形を生かした天然の要害といわれています。

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春日山には謙信を祭神として祀った、
1901(明治34)年創建の春日山神社があります。

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謙信像が雄々しく立っています。

春日山で謙信詣でをした後、
謙信が七歳から十四歳までの多感な時期を
天室和尚の厳しい教育のもと過ごした林泉寺を訪れました。

謙信は戦国武将の中でも教養が高いとされていますが、
この林泉寺で過ごした少年期が
大きく影響しているのかもしれませんね。

このお寺は、
謙信の祖父・長尾能景が1497(明応6)年に建立した古刹です。

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最後に、
上杉謙信がモチーフとなっている
上越中屋敷郵便局の風景印をご紹介いたします。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。

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2012年05月02日

朱鷺(トキ)



4月下旬、新潟県の佐渡島で放鳥されたトキにひなが誕生。
国内の自然界においては実に36年ぶりということで、
明るいニュースとなりました。

<ご当地フォルムカード>第一弾/新潟県『朱鷺(トキ)』が
新潟県の日本海側、出雲崎町を訪れました。
出雲崎といえば江戸時代の禅僧、歌人、書家の良寛が
生まれた地として知られ、ゆかりの地が点在しています。

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良寛の遺墨などが展示される良寛記念館がある小高い丘には、
こどもたちと対話する良寛の像が立っています。
この丘は「良寛記念館から観る日本海と佐渡」として
1982(昭和57)年の上越新幹線開通記念に制定された
「新潟県景勝100選」の第一位に選ばれました。

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眼下に良寛堂(生誕の場所)、出雲崎漁港、
右手に弥彦山、向かいに佐渡を望む絶好の場所です。

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<ご当地フォルムカード>第一弾/新潟県『朱鷺(トキ)」 が記念撮影。
もうすこし空が澄んでいれば佐渡が見えるそうです。

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日本海に面した国道402号線沿いの良寛生家跡が、
良寛を偲ぶ良寛堂となっています。

裏手で局名入りポスト型はがき(出雲崎港郵便局)が記念撮影。
そして表の国道402号側には、
日本海と遠く佐渡を見つめるように良寛像が座っています。

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良寛が見つめる先が、母の生まれ故郷である佐渡。
今回、トキのひなが孵化した地です。

ひなの成長と無事の巣立ちを良寛もやさしく見守っていることでしょう。


最後に、良寛堂に最も近く国道402号線沿いにある
出雲崎港郵便局の風景印をご紹介します。

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風景印は良寛堂です
(日付は画像消去処理をしております)。

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2012年02月29日

富岡製糸場

日本で最初の器械製糸工場・富岡製糸場。

実際に見たことがなくても、教科書などでお馴染みですね。
<ご当地フォルムカード>第四弾/群馬県(富岡製糸場)が、
群馬県富岡市にある富岡製糸場にやってきました。

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正門前には昔懐かしい赤い丸型ポストが立っています。

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1872(明治5)年、
我が国の近代化のために明治政府が建てた官営模範器械製糸場。

もともと富岡エリアは養蚕が盛んで、
生糸の原料である繭が確保できることなどの理由から
この地が選ばれたそうです。

ここで全国から集まった工女さんたちによって
本格的な器械製糸が始まりました (写真は繰糸場)。

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<ご当地フォルムカード>の絵柄にも登場する繰糸場内。

この繰糸場以下、東西の繭倉庫、外国人宿舎
その他の主要な建物は国重要文化財に指定され、
操業当初の頃のままの状態で良好に保存されています。

明治政府がつくった官営の工場の中では、
ほぼ完全な形で残っているのは富岡製糸場だけというほど貴重です。

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富岡製糸場の正門から一直線。
大型バスなどの駐車場がある場所に富岡郵便局があります。

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富岡郵便局の風景印を見てみましょう。

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(日付は画像消去処理をしております)。

お膝元・富岡製糸場と繭に、妙義山。
妙義山は特徴的なフォルムをしていますね。

さて最後にもう一度、富岡製糸場に戻ります。

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正門を入ってすぐ見える東繭倉庫です。

現在は内部の一部を見学することができ、
大勢の観光客の皆さんが訪れています。

(当写真は2011年10月撮影。
現在は2012年3月下旬までの安全対策工事中のため
同倉庫外観は見られません:他の見学は通常通り)。

富岡製糸場は、「富士山」「武家の古都・鎌倉」などと共に、
「富岡製糸場と絹産業遺産群」として
世界遺産暫定リストに記載されています。

クレスピ・ダッダ(イタリア)やニュー・ラナーク(イギリス)など
製糸・織物関係の近代産業遺産も
世界遺産に登録されていますので、
とても楽しみですね。



2012年02月23日

東京都庁舎


間もなく東京マラソン。
一般市民ランナーが目標とする大会があるのは、 とても良いことですね。
その東京マラソンのスタート地点が、東京都庁舎。
<ご当地フォルムカード>第四弾/東京都(東京都庁舎)が訪れました。

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午前中は逆光になってしまいますが、
<ご当地フォルムカード>の絵柄と同じ構図で記念撮影。
この裏側、新宿中央公園側へも回ってみます。

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世界的建築家・丹下健三さんによる設計。
着工が1988年、完成は90年の12月。
完成時は池袋のサンシャイン60を抜いて
当時日本一の高さを誇りました。

筆者は当時、中野新橋のマンションに住んでいましたが、
その屋上に上がると真正面に
建設途上の都庁舎を見ることができました。

国立代々木競技場第一体育館・第二体育館などと並ぶ
丹下健三さんの代表作といえましょう。

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さて都庁舎。第一本庁舎地下一階に東京都庁内郵便局があります。
こちらの風景印は文字通り都庁舎です。

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(風景印の日付は画像消去処理をしております)。

完成から20年を超えた今も、
多くの観光客の皆さんが無料の高さ202mの展望室を訪れて
大都会・東京のパノラマを楽しんでいる、東京都庁舎でした。

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2012年02月01日

<ご当地フォルムカード>第四弾発売


ご好評を頂いております
全国都道府県の名所・名物などを かたどった
ポストカード、<ご当地フォルムカード>。

昨年4月発売(東北六県と茨城県は5月)の 第三弾に続く第四弾が、
2月13日(月)から発売となります。

今回も日本が世界に誇る伝統工芸品や 各都道府県の
名所・名物などの親しみやすい"ご当地"が登場します。

全国都道府県の絵柄詳細は10日から
ご当地フォルムカードのウェブサイト
http://www.postacollect.com/gotochi/index.html
に掲載させて頂きますのでご覧ください。

本日は絵柄の一部をご紹介させて頂きます。
今回は初めての冬〜春の発売となります。
その季節ならではの絵柄も登場します。

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この冬は雪が多くて北国の皆様は大変かと存じますが、
秋田県からは
何となくホッとする暖かみを感じさせてくれる「かまくら」。

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厳しい冬もそろそろ終わりに近づき、時候でいえば早春にあたる二月。
その季語でもある梅、盆梅。
滋賀県は長浜の<盆梅>は 春近しを感じさせてくれます。

そして春爛漫。桜の名所は奈良県<吉野山の桜>。

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本日最後にご紹介させて頂くのは、 福島県の<起き上がり小法師>。
まさに七転び八起き。
がんばっぺ!福島、東北。そして、皆様が幸せでありますように。

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*****

第四弾には人のつながりとあたたかさも込められています。
今まで以上に人も多く登場します。

そしてこれまで同様、可能な限り現場へ足を運び、
絵柄の空気感に触れながらつくりました。

皆様がお手にとって頂いた時に
ホッとする瞬間や心があたたかくなる瞬間を
少しでも感じて頂ければ何より嬉しく思います。

旅を軸に、季節感と文化を"ご当地"を媒介として
お客様それぞれの愉しみ方で 引き続きご愛顧賜りますことを切に願い、
ご挨拶とさせて頂きます。

<ご当地フォルムカード>第四弾も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

なお、第四弾発売に合わせて
<ご当地フォルムカード>の1シリーズ分(47種類)を、
そのまま一冊に収納できる「ご当地フォルムカード専用ファイル」
(48ポケットタイプ)を、同13日より弊社ウェブサイト限定で発売いたします。
収集した<ご当地フォルムカード>の整理や保管にご活用下さい。

<ご当地フォルムカード>第四弾
並びに 「ご当地フォルムカード専用ファイル」の詳細情報は
弊社ウェブサイトの新着情報をご覧ください。

http://www.postacollect.com/news.html


2012年01月25日

北九州


関門橋の下のトンネルを歩いて下関から北九州へ渡ります。
渡る直前、下関の最後に壇ノ浦で
<ご当地フォルムカード>第一弾/山口県(ふく)が記念撮影です。

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勇壮な銅像は、源義経(左)と平知盛(右)。
このすぐ裏からトンネルへ入り、県境を越えていきます。

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全長780mのトンネルを踏破、いえ「TOPPA(突破)」して門司に到着します。

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明治大正時代に国際貿易港として栄えた門司港。
当時から残る街並に現代的な都市機能が調和する観光地です。
「門司港レトロ」として、
古き良き時代を感じさせるロマンティックな洋風建築物が多く見られます。

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JR門司港駅。
日本の鉄道駅舎として初めて国重要文化財に指定された由緒ある駅です。
再来年に100年を迎える現在の駅舎内もまた
当時のままの姿を保持しています。

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門司港郵便局。門司港駅からほど近い門司港レトロ地区にあります。



門司港を後にして、
北九州市の中心・小倉へ向かいます。
門司港から小倉までは鹿児島本線で約15分の旅です。

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一層、旅情が漂います。

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新幹線停車駅でもあることから、小倉駅はとても大きいです。
北九州市は小倉駅のある小倉北区や門司区などの7区で構成され、
都道府県庁所在地のない都市では西日本最大となっています。
小倉城や松本清張記念館など観光ランドマークも多くあります。

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駅前にある小倉駅前郵便局。



駅と郵便局の間は大きな歩道橋で結ばれています。
その歩道橋で小倉駅をバックにポスト型はがきが記念撮影。

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<ご当地フォルムカード>第三弾/福岡県(博多祗園山笠)も登場。
小倉の祗園太鼓とコラボです。

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小倉祗園太鼓は、博多祗園山笠、戸畑祗園大山笠と共に
「福岡県の三大祗園祭」といわれています。
ここ小倉での祗園太鼓は毎年7月の開催です。

北九州訪問。
最後は小倉城で締めたいと思います。
<ご当地フォルムカード>第一弾/福岡県(明太子)が記念撮影です。

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2012年01月19日

ふく


山口県下関市にやってきました。
JR下関駅で降りると金子みすゞさんが出迎えてくれます。

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「こだまでしょうか」のフレーズも耳に親しい童謡詩人・金子みすゞさんは、
山口県の大津郡仙崎村(現・長門市仙崎)で生まれ育ち、
下関で短い生涯を閉じました。
市内の唐戸界隈には「金子みすゞ詩の小径」として、ゆかりの地が点在しています。

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下関市といえばもうひとつ「ふく(ふぐ)」も有名です。
1888(明治21)年、当時の内閣総理大臣・伊藤博文が下関でふく刺しを賞味。
その美味を絶賛したことで全国に先駆けて
山口県でふくの食用禁止が解禁されたそうです。

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JR下関駅前の広場にある「ふく」の像をはじめ、
市内を歩いていると度々ふくに出逢います。

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下関駅から関門橋へ向かう途中、
唐戸界隈に差し掛かると
亀山八幡宮の境内にひと際大きなふくの像が建っているのが目に入ります。

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亀山八幡宮のHPによれば「日本一のふくの像」。
現地での表現は「世界一のふくの像」。
いずれにせよ大きなふくの像であることには違いありません。

ふく漁解禁に合わせて毎年9月29日にはこの像の前で、
航海安全や豊漁、商売繁盛を祈願するふく祭りが
関係者の間で執り行われるようです。

<ご当地フォルムカード>第一弾/山口県(ふく)が、記念撮影しました。

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亀山八幡宮から歩いてすぐ関門橋を望むエリアに、
下関最古の洋館にして現役として国内最古の郵便局舎である
下関南部町郵便局があります。

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装飾の少ない硬派な洋風煉瓦建築は、1900(明治33)年の竣工。

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そしてもう一つ、下関南部町郵便局といえば丸ポスト。

発明家・俵屋高七は赤間関郵便局(現在の下関南部町郵便局)の
郵便作業用具の制作、改良に取り組んでいました。
その傍ら、自動販売機等の発明考案に没頭。
当時としては画期的な発明を次々と生み出していく中、
丸ポストの考案は明治時代の郵便事業にとって輝かしい業績となりました。

1901(明治34)年に考案された俵屋式柱箱(初の赤い鉄製丸ポスト)は、
逓信省によって全国の主な郵便局に設置されました。




関門海峡と関門橋。対岸は北九州市の門司。
橋の下のトンネルを歩いて行くことができます。

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2012年01月01日

2012年元旦



2012年になりました。

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


2011年12月14日

中津



今年の大相撲は先の九州場所で一年を終えました。
最後も横綱・白鵬の優勝でしたが、
稀勢の里の大関昇進が決まるなど
明るいニュースで締めくくられました。

それにしても白鵬は強いですが、
千秋楽で破れてしまい全勝優勝はなりませんでした。
いかに全勝優勝、そして連勝することが難しいかが分かります。

69連勝という偉大なる連勝記録を持ち、
未だに破られずにいるのが双葉山です。

『双葉の前に双葉なく、双葉の後に双葉なし』といわれるほどの大横綱。

<ご当地フォルムカード>第三弾・大分県(双葉山)が、
大分県中津市にやってきました。

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早朝の光を浴びて中津城をバックに記念撮影です。
中津城は日本三大水城といわれています。

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この中津城の中には、双葉山の化粧回しが展示されています。
双葉山の出身は宇佐市ですが、
父親がこの中津市の出身です(母親の出身地は豊後高田市)。

双葉山は来年2月9日に生誕100年を迎えます。


*****

さて、中津。

中津城と共に見どころに挙げられるのが、
国の史跡となっている福沢諭吉旧居です。

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福沢諭吉が生まれたのは大阪の中津藩屋敷ですが、
1歳数ヶ月で藩地の中津に戻ってきます。
以降19歳までの多感な幼少年期を中津で過ごしました。

中津藩はもともと多くの蘭学者を輩出していた環境があり、
諭吉もその中で育まれていきました。
中津城と福沢諭吉旧居があるエリアには
福沢通りという大きな道路が通っています。
その道路沿いに諭吉ゆかりの地として福沢通り郵便局があります。

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史跡散策が終わり中津駅に向かいます。
だいたい徒歩15分圏内で史跡をめぐることができます。

駅前にたどり着くと、
そこには福沢諭吉像が遠くを見つめて屹立していました。

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2011年12月02日

信玄と謙信



来年は、古事記編纂1300年のメモリアル・イヤー。
武蔵と小次郎の巌流島の闘いからも400年目という節目を迎えます。
ゆかりの地では関連イベントも多く予定されています。

今年は、武田信玄と上杉謙信の戦国名勝負数え唄ともいえる
「川中島の戦い」の中でも最も激闘となり
信玄と謙信の直接対決もあったとされる第四次合戦から、
450年目を迎えています。

<ご当地フォルムカード>では戦国武将として、
伊達政宗(第一弾・宮城県)、織田信長(第三弾・愛知県)がありますが、
信玄と謙信もそれぞれ
第二弾・山梨県、第三弾・新潟県で出ています。

今回はその信玄・謙信が
川中島の戦い:第四次合戦(八幡原の戦い)跡地に揃って戻ってきました。

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長野県の長野市八幡原史跡公園にある八幡社。
ここで武田軍が勝鬨を上げたとされています。

そして境内には信玄と謙信直接対決の銅像が建っています。

450年の時を経て、
<ご当地フォルムカード>武田信玄(第二弾・山梨県)と
上杉謙信(第三弾・新潟県)が再会しました。

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夢の顔合わせが実現しました。

境内には、三太刀七太刀の碑もあります。

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ここが信玄と謙信一騎打ちの場所。

手薄になった武田本陣に一騎攻め込んだ謙信が、
馬上から信玄に向けて太刀を振り下ろす。
それを信玄は軍配で受けた。

しかし続く二の太刀で腕を、三の太刀で肩に傷を負った。
のちにこの軍配を調べてみると
謙信の刀による傷が七箇所あったといいます。

銅像もその際の戦いの様子を表していますね。


*******


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さて長野。信玄、謙信といえば
名所中の名所・善光寺を忘れてはなりません。

川中島の戦火が善光寺に及ぶことを怖れた信玄が
御本尊を移したとされる場所が、
以前当欄でも取り上げた甲斐善光寺(山梨県甲府市)です。

由緒ある寺。

そこへ辿り着く長い参道には善光寺郵便局があります。

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いかにも参道沿いにある建物らしく風情のある局舎ですね。
局前にある昔懐かしい丸型赤ポストもまた似合っています。




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2011年10月14日

鉄道の日


我が国最初の鉄道が新橋-横浜間に開通したのが、
今から139年前の今日、1872(明治5)年10月14日のことです。
来年は鉄道開通140周年になります。

新橋。
ニュースなどでお勤め帰りのお父さんたちが
よく街頭インタビューされる日比谷側SL広場に
国鉄C11形蒸気機関車が静態保存されています。

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日比谷側と反対の汐留側へ行ってみます。

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<ご当地フォルムカード>第二弾/東京都(東京タワー)の背景は、
旧新橋停車場/鉄道歴史展示室です。

日本の鉄道の起点となった旧新橋停車場(汐留)駅舎を再現。

展示室内の床の一部はガラス張りになっていて、
開業当時の駅舎基礎石遺構を見ることができます。

建物の後ろに立つビルは汐留シティセンター。
その中に汐留シティセンター郵便局があります。

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風景印では、
ちょうどこの付近のビルの合間を縫って走る
ゆりかもめが描かれています。

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新橋駅周辺の高架。ビルの合間を縫って走ります。
ゆりかもめは、新橋と江東区・豊洲間を結ぶ
新交通システムで、沿線に観光ランドマークも多いことから
人気路線となっています。
乗車中、東京タワーや東京スカイツリーなどのランドマークも見え、
東京観光にもうってつけです。




そこから歩いて数分にある新橋郵便局。
その風景印には、1号機関車が描かれています。

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いい具合に柳がかかっていますね。




冒頭で触れたC11形蒸気機関車が静態保存ではなく、
動態保存されているのが、静岡県の大井川鐵道。

旧国鉄で蒸気機関車が全廃された1976(昭和51)年、
大井川鐵道は日本で初めて蒸気機関車の動態保存を始めました。
今もなお、C11形は走っています。

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(写真はC56形)

大井川鐵道はこの12月で開通80周年を迎えます。

<ご当地フォルムカード>静岡県/第一弾(茶-茶娘/茶畑)が、
赤い鉄橋を借景に記念撮影をしました。

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大井川鐵道の起点は金谷駅。
同エリアで最も大きな郵便局、
金谷郵便局の風景印にも蒸気機関車が描かれています。

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<ご当地フォルムカード>静岡県の絵柄にちなんだ
「茶娘」「富士山」も描かれていますね。

(日付は画像消去処理をしています。
 実際の送付の際は120円切手貼付となります)。




本日は、鉄道の日。

<ご当地フォルムカード>での鉄道絵柄
(第二弾/神奈川県、第三弾/千葉県、埼玉県)を手に
お散歩するのも一計。



2011年10月11日

晴れの特異日/後編



晴れの特異日/後編は、
渋谷(国立代々木競技場第一・第二体育館)から
神宮外苑エリアへ移動します。
東京オリンピック競技会場が多く点在しています。

秩父宮ラグビー場(実施競技:サッカー)
東京体育館(実施競技:体操)
同屋内水泳場(実施競技:水球)

そして、国立霞ヶ丘陸上競技場(以下:国立競技場)。

一帯にはオリンピック会場ではありませんが
明治神宮野球場もあります。

このエリアから、
開会式や陸上競技、サッカーの決勝戦などが行われた
国立競技場をご紹介します。

<ご当地フォルムカード>第二弾/東京都(東京タワー)が、
同競技場前で記念撮影をしました。

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東京タワーと同じ1958(昭和33)年の完成。
東京オリンピック前年にはスタンドを拡張。
最大7万人強を収容する巨大なスタジアムは、
東京オリンピックのメイン会場となりました。

開会式の日の72,000人が、
今も破られていない
国立競技場の最多観客動員記録となっています
(現在の収容人員は5万人強)。

いわば、国立競技場はオリンピック・スタジアム。

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ゲートにはレリーフも刻まれています。

規格が古いことや老朽化から近年では
球技専用競技場への改修案など様々な議論が広がっていますが、
日本の歴史上とても重要な建造物であることには変わりありません。

さて、風景印です。
JR信濃町駅近くの四谷郵便局が国立競技場を絵柄としています。



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下が国立競技場、
上には聖徳記念絵画館が描かれています。
東京メトロの外苑前駅と青山一丁目駅間から
JR信濃町駅にかけてが神宮外苑エリアとなり、
一帯に冒頭に記載した施設が並んでいます。

国道246号線から向こう正面に
聖徳記念絵画館を望む並木道は、
これからの季節は銀杏並木となり、
とてもきれいな散歩道です。

昨年の銀杏並木から一枚お届け致します。

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*****


そして、国立競技場と共に重要な会場となっていたのが、
北の丸の日本武道館です。

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富士山をイメージしたという上部の稜線形状、
八角形の意匠建築、玉葱を想起させる屋根の擬宝珠など、
一度見たら忘れない特徴的な施設です。

東京オリンピックが開幕するわずか一週間前に完成。
本番では当時ニッポンのお家芸だった
柔道競技が行われました。
無差別級でアントン・ヘーシンクが
神永昭夫を破ったシーンが象徴的ですね。

武道館の名称通り
柔道や剣道の全日本選手権が行われるなど「武道」の地ですが、
1966(昭和41)年にビートルズが初来日公演を行って以降、
コンサートの聖地としても知られています。
また、格闘技の舞台としても、知られています。

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<ご当地フォルムカード>第三弾/東京都(上野動物園)が、日本武道館で記念撮影です。

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日本武道館から靖国通りの坂道を市ヶ谷方面へ
歩いていくと、麹町郵便局があります。



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風景印は、日本武道館です。

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果たして2020年。ふたたび聖火は東京に灯るでしょうか。


(風景印の日付は画像消去処理をしております)。



2011年10月10日

晴れの特異日/前編


晴天、雨天など特定の気象・天候が現れやすい日は「特異日」と言われます。
晴れの特異日、雨の特異日などです。

「晴れの特異日」といえば、他の日(その前後の日)より
晴天になる確率が高い日。
イメージ的にそれは10月10日と言われています。
体育の日として知られた祝祭日でした。
現在その体育の日は移動祝祭日になっており、10月10日とは限りません。

しかし日本人の中には
「10月10日=体育の日」という通奏低音が長い間、横たわっていました。
10月10日が「晴れの特異日」であるというイメージも同様です。

その"開会式"の日が10月10日に選ばれたのは、
その日が晴れの特異日だったからという説も
まことしやかに人々の中に存在し、
以降もその日は晴れるという観念があったのも、
それを信じるに足る鮮烈な実例があったからと考えられます。

そう。その"開会式"とは1964(昭和39)年の東京オリンピックです。

あの日、会場でテレビでそれを観た人も、
まだ生まれていない人も、誰もが後に見る開会式の写真。
誇らしげに入場してくる日本選手団の頭上は、
世界中の青空が集結したかのような絶好の秋晴れが広がっていました。

今日10月10日は
東京オリンピックが開幕した日から、ちょうど47年目を迎えました。

前編・後編に分けて東京オリンピックの主舞台をめぐってみます。


*****


まずは山の手。渋谷、世田谷です。

丹下健三氏の不朽の名作は、
国立代々木競技場第一・第二体育館。

JR原宿駅で下りてすぐです。

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競泳が行われた第一体育館。

<ご当地フォルムカード>第二弾/東京都(東京タワー)が、
バスケットボールが行われた第二体育館で記念撮影です。

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この国立代々木競技場を風景印とする郵便局が、
競技場の渋谷側にあるNHKの放送センター内郵便局です。

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渋谷から東急田園都市線に乗り、国道246号線を走ります。

東京オリンピックの頃、
そこは"玉電"という愛称で親しまれていた路面電車が走っていました。

駒沢大学前駅で下ります。

今では世田谷区民憩いの場、スポーツの場として
多くの人が集う駒沢オリンピック公園があります。

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サッカーの日本戦が行われた駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場。

競技場前は大きな広場になっています。

右手に陸上競技場、
左手に"東洋の魔女"といわれたバレーボール女子日本代表が闘い、
レスリング競技も行われた駒沢オリンピック公園総合運動場体育館、
中央には美しい造形のオリンピック記念塔(管制塔)がある構図です。

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記念塔の下の池にはオリンピック時の聖火台が置かれています。

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駒沢大学前駅を下りて国道246号線に沿って歩けば、
世田谷駒沢郵便局があります。
風景印はもちろん駒沢オリンピック公園です。

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下部に描かれている建物が体育館です。

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駒沢大学前駅から東急田園都市線で、
二子玉川方面へ乗って二つ目が用賀駅。
ここからしばらく歩けば優雅な空気が流れる馬事公苑があります。

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オリンピックでは馬術競技が行われた会場です。
今でも馬術競技が行われています。

<ご当地フォルムカード>第三弾/東京都(上野動物園)の
パンダとゴリラも、馬事公苑へ行きました。

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馬事公苑を絵柄としたエレガントな風景印。

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世田谷用賀郵便局です。

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渋谷を起点に西へ世田谷、東へ外苑と
東京オリンピックを辿る秋のお散歩もおススメです。

東京オリンピックは、
中止になりましたがずっと以前の1940(昭和15)年に行われるはずでした。
その時のメイン会場となっていたのが、駒沢だったそうです。

(当欄内の風景印は、日付を画像消去処理を行っております)。

さて、晴れの特異日。
10月10日が本当にそうかは分かりません。

それでも人々の心の中にいつも
東京オリンピック開会式の日、体育の日は、
秋晴れの晴天というイメージが残っています。

何となく大学入試(センター試験)の日が雪
というイメージがあるのにも近いかもしれません。

10月10日は、心の中の晴れの特異日。

それで良いのではないでしょうか。



2011年09月12日

観月


中秋の名月。
空に輝く美しい満月を撮りました。

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かの紫式部は、
石山寺(滋賀県大津市)に籠り新作を練っていました。
なかなか構想が進まない中、満月を見て着想。書きはじめました。

それが世界最古の長編小説とされる壮大なる王朝絵巻
「源氏物語」の誕生といわれています。

石山寺にある月見亭と満月が交錯する写真は、
あまたある名月の中でも白眉ですね。

この石山寺の月と共に日本三大名月といわれるのが、
信州姨捨山、京都大沢池。

他にも名月とされる場所は国内に多くあります。

その中の一つが宮城県の"日本三景"松島。

<ご当地フォルムカード>で唯一、
月が描かれているのが第一弾/宮城県(伊達政宗)です。

場所は松島ではありませんが、中秋の名月に記念撮影をしました。

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最晩年、政宗は最後の月見を中秋の名月に松島で楽しみました。
政宗の辞世の句にも月は出てきます。

『曇りなき心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞ行く』。


皆様も今夜、各地できれいな満月を愛でられましたでしょうか。



2011年08月14日

軽井沢より


皆様、お盆休みをいかがお過ごしでしょうか。

今年は猛暑ですが、例年と比べて海の人出が少ないようです。
緑溢れるひんやりとした森の中を歩くなら、
避暑地としても知られる那須や軽井沢も良いでしょうか。

<ご当地フォルムカード>/長野県が、軽井沢を訪れました。

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白樺をイメージした瀟酒な軽井沢駅。
長野新幹線も停まることで電車で訪れる人で溢れています。

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ジョン・レノンや多くの作家も愛した軽井沢町は、
関東首都圏や中京圏からも多くの観光客が訪れる
県内屈指の観光地です。

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軽井沢最古のホテルは万平ホテル。
昔懐かしい丸型ポストが建っています。
このホテル裏手には、"ハッピー・ヴァレイ(幸福の谷)"
と呼ばれる石畳の散歩道があります。

"軽井沢の主"と呼ばれた室生犀星を起点に
多くの作家が集った軽井沢の中でも、
川端康成はこのハッピー・ヴァレイをいたく気に入り
山荘を構えていました。
堀辰雄は名作「風立ちぬ」の最終章をその山荘で書き上げたそうです。

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有島武郎の別荘"浄月庵"。
数々の名作を残した有島武郎は1923年の夏、
別荘で編集者・波多野秋子と心中し、この世を去りました。


さて、軽井沢。
その自然のみならず、
国重要文化財など名建築が多く点在しています。

<ご当地フォルムカード>第一弾/長野県(りんご)が、
旧三笠ホテル前で記念撮影です。

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"軽井沢の鹿鳴館"といわれた旧三笠ホテルは、
国重要文化財に指定されています。

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先に掲載した万平ホテルと共に、
日本の"クラシック・ホテル"の一員となっています。

教会が多いのも軽井沢の特徴です。
<ご当地フォルムカード>第三弾/長野県(ニホンカモシカ)が
緑の森の中にある石の教会を訪れました。

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建築が自然の一部になるという"オーガニック建築"。

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軽井沢を散策するなら自転車が便利です。
各所にレンタサイクルのお店があり、
比較的平坦な町内を風を切って走れば気分爽快。

軽井沢、中軽井沢、旧軽井沢周辺を一気に回ることができます。

自転車で回っていると軽井沢には、
昔懐かしい丸型ポストが多くあることに気がつきます。

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軽井沢タリアセンにあるポスト。

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星野エリアの軽井沢マルシェにあるポスト。

町の雰囲気と丸型ポストがよく似合います。
そんな軽井沢ですから、郵便局舎も閑雅な装いです。

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軽井沢駅前郵便局。



そして軽井沢郵便局は、
最も人通りの多い旧軽銀座の真ん中にあります。

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軽井沢からお届けの最後は、

<ご当地フォルムカード>第一弾/長野県(りんご)が、
軽井沢タリアセンにある
軽井沢別荘建築の中でも最上質ともいわれる
睡鳩荘を借景に撮った夏の軽井沢を感じさせる写真です。

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2011年08月03日

「ていぱーく」展示



逓信総合博物館ていぱーく(東京・大手町)にて
本日8月1日より、
<ご当地フォルムカード>と<ポスト型はがき>の
一部展示が始まりました。

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ていぱーく。
東京メトロ/大手町駅下車すぐ。
館内の郵政資料館〜POSTAL MUSEUM〜では、
郵便ポストの変遷など貴重な資料や物品が展示されています。

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本日8月3日から、二階企画展示コーナーで
「新収蔵資料展」が始まりました。

毎年開催されている同展ですが、今年は、
明治16年の郵便禁制品の看板から昭和25年に配備された
スクーターの写真まで、寄贈された資料約100点が展示されています。

その中に、
<ご当地フォルムカード>と<ポスト型ハガキ>が
一部、仲間入りしております。

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:::::

「逓信総合博物館ていぱーく」

〒100-0004 
東京都千代田区大手町2-3-1

●東京メトロ(半蔵門・東西・千代田・丸の内各線)
都営三田線の「大手町」駅下車(A4・A5出口すぐ)
●JR「東京駅」下車(丸の内北口より神田方面へ徒歩10分)

9:00〜16:30(入場は16:00まで)
*8月中は10:00〜15:00(入場は14:30まで)

休館日:
月曜日(祝日・振替休日の時は翌火曜日が休館)
年末年始(12月29日〜1月3日)

入館料:
大人110円、小・中・高校生50円
(小・中・高校生は日曜、祝・休日無料)

http://www.teipark.jp/index.html


2011年07月13日

清州越し

前回取り上げた浜松にある浜松城は、徳川家康の出世城。
同じく階段を駆け上がる若き日の織田信長が居城としたのが、
尾張(愛知県)の清洲城。

清洲城があった現・清須市(旧・清洲町)は、かつて尾張国の中心でした。

家康の手による"清洲越し"といわれる中心都市の名古屋移転と、
名古屋城の築城により、首府の座は交代。
以降、名古屋は愛知県の中心として栄え、昨年、開府400年を迎えました。
かつての首府は"清州越し"から395年後の2005年、清須市になりました
(清洲町、西春日井郡西枇杷島町、新川町が合併)。

その地に今、清洲城が聳え立っています。

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五条川に架かる朱塗りの橋を渡って城へ行きます。
天守は、1989年に造られた模擬天守です。

<ご当地フォルムカード>第三弾/愛知県(織田信長)が、
織田信長のかつての居城、清洲城を訪れました。

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信長はこの清洲城から
今川義元との大一番"桶狭間の戦い"に出陣し、
ここで三河の家康と軍事同盟を結びました(清洲同盟)。

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五条川の橋を渡る手前には清洲古城跡があり、
現在は清洲公園となって整備されています。
その中に織田信長像が悠然と屹立しています。

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清洲城と織田信長のまさにご当地郵便局といえば、
清洲郵便局です。



風景印もまさしく清洲城と織田信長です。

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(日付は画像消去処理をしています。
 切手は実際には120円切手貼付で送付できます)。


清洲城。
本能寺の変で織田信長が散った後、また歴史の舞台になっています。

この城で行われた、信長の後継者を決める"清洲会議"によって
一人の戦国武将が力を増強させました。
ここで、それまでの織田家筆頭家老だった柴田勝家を
凌駕した武将の名は、豊臣秀吉。

秀吉は以後、天下統一への出世街道を駆け上がっていきました。

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今や新幹線が並行して走っていますが、
ここもまた歴史の舞台としての重みを存分に感じさせてくれます。


:::

当地では現在、
大河ドラマ「江」と三英傑(信長・秀吉・家康)にまつわる
『江と三英傑 絆のやかた』ドラマ館がオープンしています。

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2011年07月09日

浜松とうなぎ


九州、中国、そして東海につづき関東甲信越地方も今日、
梅雨明けとなりました。
例年よりもずいぶん早い梅雨明けでした。
本格的な夏の到来といった感じでしょうか。

それにしても今年は暑いですね。
今日も首都圏は猛烈な暑さになっています。

こう暑いと、うなぎを食したくなって参ります。

<ご当地フォルムカード>第二弾/静岡県(うなぎ)が
浜松駅に降り立ちました。

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静岡県の遠州エリアの拠点・JR浜松駅(写真は北口)には、
東海道新幹線と東海道本線が乗り入れています。
また、遠州鉄道の新浜松駅も隣接しています。

JR浜松駅前のランドマークが、
写真内左手に見える茶色の高層建造物であるアクトシティ浜松。
音楽の街を象徴するように
ハーモニカをモチーフとしたフォルムの建物で、
ホテル、音楽ホールなどで構成されています。

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<ご当地フォルムカード>第二弾/静岡県(うなぎ)が駅前で記念撮影です。

駅前はもとより市内には、
うなぎを食べさせてくれる多くのお店があります。

今夏の"土用の丑の日"は7月21日と8月2日。
この暑さでは、土曜の丑の日を待てずに、うなぎを頬張りたくなりますね。

この浜松駅北口駅前、歩いてすぐに大きな浜松郵便局があります。

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そしてこちらの郵便局の風景印は、まさに<うなぎ>です。
(日付は画像処理で消去しています。
 120円切手貼付で郵送することができます。

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ユニークな感じで、うなぎが描かれています。
その他、"出世城"といわれる浜松城が描かれた凧、
音楽の街・浜松らしく、音符も共に描かれています。
なかなか秀逸な風景印ですね。

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ちなみに浜松市は今年、市制100周年を迎えており、
年間を通して様々なイベントが行われています。


2011年06月26日

祝・世界文化遺産登録


今夜、パリ(仏)で開催中の世界遺産委員会において
岩手県の「平泉の文化遺産」(岩手県平泉町)が正式に、
世界文化遺産に登録されました。

東北地方としては史上初の世界文化遺産で、
日本国内では「石見銀山遺跡とその文化的景観」(島根県)
に次いで12件目、自然遺産も含めると、
24日に登録された「小笠原諸島」(東京都)につづき
16件目の登録となりました。

<ご当地フォルムカード>第三弾/岩手県の中尊寺金色堂を含む、
寺院、寺院跡、庭園などの5遺跡で構成されての登録です。

二度目の挑戦で晴れての登録に、
心からお祝いを申し上げたいと思います。

昨夏に訪れた写真の中から未公開画像を二枚掲載し、
お祝いに代えさせて頂きます。

岩手県の皆様、おめでとうございました。


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世界文化遺産「中尊寺金色堂」の前で記念撮影は、
<ご当地フォルムカード>第二弾/岩手県(河童)。

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旧覆堂の横に立つ松尾芭蕉。
"奥の細道"で彼の地を訪れた芭蕉さんもきっと
喜んでおられることでしょう。



2011年06月22日

ランキングのお知らせ


<ご当地フォルムカード>は現在、新潟県を旅しています。

本日は、
<ご当地フォルムカード>のホームページに掲載している
売り上げランキングについてお知らせ申し上げます。

本日掲載分の売り上げランキング(6/1-6/15販売分)から
東北6県と茨城県が発売(5/25)されて
全国47都道府県すべてが揃った状態での
第三弾のランキングとなっておりますのでお知らせ申し上げます。

バイウィークリー(二週間単位)での売り上げランキングは
これまで前回との上下動を矢印で示していましたが、
今回掲載分に関しては上記の事由から、順位変動の矢印は付いていません。

その部分のご説明をさせて頂く次第です。

今回は、
青森、宮城、岩手、山形、秋田がベスト5を占め
沖縄を挟んで、福島と茨城も7-8位ということで、
東北6県と茨城県がベスト10を占めましたことは、
とても嬉しく思います。

ユネスコの世界遺産委員会も開幕。
「平泉の文化遺産」の世界遺産登録も間もなく。

さらには来月16-17日に仙台で、
東北を代表するお祭りが一同に集う「東北六魂祭」が開催されます。
復興への足がかりになれば良いと思います。

<ご当地フォルムカード>も微力ながら応援して参ります。

引き続き、ご愛顧のほど何とぞよろしくお願い申し上げます。


2011年06月02日

南相馬より


<ご当地フォルムカード>第三弾/福島県(相馬野馬追)が、
福島県の南相馬市を訪れました。

市庁舎などがある市内中心部は原町地区です。

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メイン駅はJR常磐線の原ノ町駅。
駅は静まり返っています。
常磐線は地震の影響により未だ
久ノ浜(福島県いわき市)〜亘理(宮城県亘理郡)間の上下線で
終日、運転を見合わせています。


南相馬市役所前には二宮尊徳の銅像があります。

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手に持つ帳面には「実行のみ」の文字が刻印されています。
この銅像は昨秋、兵庫県の大谷教育文化振興財団から
南相馬市へ贈られたものだそうです。

市役所からほど近い位置に、
エリアで最も規模の大きい原町郵便局があります。

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この郵便局の風景印は、
まさしく<相馬野馬追>となっています。

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原町郵便局から車で南へ数分走ると
原町南町郵便局があり、
さらにそこから南へ2〜3分で、
相馬野馬追の会場である相馬野馬追祭場地に辿り着きます。

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<ご当地フォルムカード>第三弾/福島県(相馬野馬追)が、
相馬野馬追祭場地を訪れました。

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相馬野馬追における勇壮な甲冑競馬や
神旗争奪戦が繰り広げられる会場です。

会場まで騎馬武者の行進がつづきますが、
それは原町南町郵便局の前を通るそうです。

今年の開催は検討中とのこと。今月中頃には決まるようです。

相馬野馬追を風景印にした郵便局は
もう一つあります。
前述した原ノ町駅にもっとも近い原ノ町駅前郵便局です。

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(切手は実際の送付の際は、120円切手で送ることができます)。

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きれいな空、鮮やかな緑。
南相馬に一日も早い平穏が訪れますように。

現在、南相馬市と福島市街地、二本松市を結ぶ
唯一の道路となっているルートで
山間部を走るのが県道62号線。

途中、飯館村を通過します。
現在、計画的避難地域に指定され
住民の多くも避難を余儀なくされています。

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飯館村もこのように美しい景色が広がっています。
きれいな花も咲いています。

住民の皆様が一日でも早く
安心した暮らしに戻れることを切に願っています。


2011年05月11日

東北6県&茨城県、発売

おはようございます。
"お知らせ"が遅くなりまして申し訳ございません。

4月18日より発売しております<ご当地フォルムカード>第三弾。

震災の影響により発売を延期しておりました
東北6県(青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島)及び茨城県の
7種類を5月25日より発売することとなりましたので、
お知らせとして掲載させて頂きます。


今回は、心と顔の見える形で初めてご挨拶させて頂きます。

わたくしはポスタルスクウェアのSと申します。
<ご当地フォルムカード>の開発者及びディレクターです。

日頃より同商品をご愛顧賜りまして、誠に有り難うございます。
この場をお借りして御礼申し上げます。

東北6県と茨城県の発売が決まりましたことを
発表させて頂けることを、とても嬉しく思っております。

ご好評を賜っております<ご当地フォルムカード>は、
そのゼロ弾ともいえる「富士山」に始まり現在につながっておりますが、
「富士山」と「第一弾」以前からの開発に至る想いや考え方などは
またいつか別の機会でお話しできることが来ることを楽しみにしております。


今回の東日本大震災においては、
POSTA並びに<ご当地フォルムカード>をご愛顧頂いている
お客様の中にも被災された方やご家族ご友人が被災された方も
多数いらっしゃられることと存じます。

心よりお見舞い申し上げます。

かくいうわたくしも仙台市で出生し、親族も宮城県におります。

震災後、宮城、福島、栃木、茨城、千葉の各県へ参りました。
宮城県では被災現場も自分の足で歩き、自分の目で見て参りました。

十年前の9月11日には米国ニューヨークでのテロも
現地在住で経験し、三日後に現場へ参りました。

あの時は前日、
ワールドトレード・センターの屋上展望台へ仕事で行っておりました。

もちろん種類は違います。
そして、それぞれで感じたことは数多くあります。

しかし共通して感じたことがひとつあります。
それは、国はもとよりさらにセグメントされたところでの
都道府県市町村それぞれに"誇り"があるということです。

そこで生まれ、育ち、学び、暮らす人々。
そして、そこへ旅したことがある人々…。

人にとって「地」は、
それぞれの想いがいっぱい詰まった場所であるということです。
「地」の誇りです。

<月日は百代の過客にして 行かふ年も又旅人なり>という
松尾芭蕉の言葉があります。

意味の解釈は様々で良いと思いますが、
人の人生も年月も月日も、
そして日常のすべても"旅"であると思います。

見知らぬ地へ往くだけが旅ではなく、
自分が生まれ育った地で過ごす日常も、
故郷を離れて思慕しながら別の地で暮らす日々も、旅であるのだと思います。

そして旅が持つ至福のひとつは、
「生きていて良かった。そう思える一瞬」を
感じることではないかと思います。

東北各県と茨城県、千葉県を訪れた中で、
「がんばろう」ということばを言う気持ちにはなりませんでした。

願うのは、被災地の復興はもとよりですが、
被災した方々が「生きていて良かった。そう思える一瞬」を
今、生きている日々の旅の中で
ひとつ、またひとつと
少しづつ感じることができますように、ということです。


発売を延期させて頂いておりました
<ご当地フォルムカード>第三弾の
青森県、秋田県、岩手県、宮城県、山形県、福島県、茨城県を

ポスタルスクウェア一同、
そんな願いと想いを込めて出させて頂きます。


今回は、それぞれの絵柄をひとつずつ、ご紹介させて頂きます。



■青森県

東北新幹線が新青森までつながった青森県から<マグロ>。
「大間のマグロ」で知られる本州最北端の町・大間町には、
マグロ一本釣りのモニュメントがあります。

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青森県の夏まつり「青森ねぶた祭」は、
今年も8/2(火)〜8/7(日)で開催です。


■秋田県

宮城県の"七夕"、青森県の"ねぶた"に続き
東北三大まつりから登場は、<竿燈まつり>。

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今年の開催は、8/3(水)〜8/6(土)です。


■岩手県

念願の世界遺産登録はいよいよ来月。
祝・世界遺産ということで
その「平泉の文化遺産」からは国宝<中尊寺金色堂>。

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岩手県の夏まつりは「盛岡さんさ踊り」。
8/1(月)〜8/4(木)での開催です。


■宮城県

先月29日には湾内の観光船も復活。
観光客も戻りつつある宮城県の王道中の王道は
日本三景<松島>。


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「仙台七夕まつり」は8/6(土)〜8/8(月)で開催です。


■山形県

招福、商売繁盛の守り駒<左馬>。すべてに招福あれ。

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「山形花笠まつり」は8/5(金)〜8/7(日)で開催です。


■福島県

震災で大きな打撃を受けた相馬地方。
そこには千年を超える歴史と伝統をもつ
相馬地方のアイデンティティともいえる行事があります。

伝統の火を消すことなく
今年もそれが開催されますようにと願いを込めて<相馬野馬追>。

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上述している東北各県の夏まつり。
その中でも毎年オープニングを飾っているのが<相馬野馬追>です。
それが持つ本来の力強さを絵柄に込めました。
今こそ武士(もののふ)の意地を。


■茨城県

日本一の産地として<メロン>。
まさに今、出荷のピークを迎えようとしています。

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茨城県では秋に、
県内来客数最大規模のイベントで
日本三大花火大会のひとつである
「土浦全国花火競技会」が行われています。


以上となります。


<ご当地フォルムカード>をご愛顧頂いている皆様、
並びに東北各県と茨城県にお住まいで
第三弾を楽しみにしてくださっていた方からは
当該県の発売延期に関してメールも頂戴しておりました。

他の都道府県から約一ヶ月遅れの発売となりましたことを、
わたくしからお詫び申し上げます。 

申し訳ありませんでした。


前述致しました、「地」の"誇り"。
自身が生まれ育った地に、国に、誇りを持ちたい。
こんなにいっぱい素晴しいものがある。
ニッポン再発見=ディスカバー・ジャパン。

ひとつには、
それもまた<ご当地フォルムカード>全体の
コンセプトに横たわる通奏低音です。

5月25日より東北六県と茨城県が発売されることで
<ご当地フォルムカード>第三弾は
ニッポン全国が揃い、改めてスタートです。

引き続きご愛顧を賜りますよう、何とぞよろしくお願い申し上げます。


いつか皆様と
<ご当地フォルムカード>について
語り合える日が来ることを願っております。



2011年05月10日

野口英世


JR東京駅八重洲口には
米や酒、お菓子などの県産品が販売されている
福島県観光交流館がありますが、
復興支援の動きでしょうか、
この四月は前年同月比10倍の売上、同じく5倍の来場者数を記録したそうです。
とても素晴しいことですね。

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ここは福島県。
郷土玩具"赤ベこ"でも知られる会津地方の、中心は会津若松市。
その会津若松市のシンボルは、
白亜五層の天守美しい会津若松城(史跡若松城址・鶴ヶ城)。

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<ご当地フォルムカード>第一弾/福島県(野口英世)が
城をバックに記念撮影です。

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城を堪能した後、
お膝元でもある市内中心部の野口英世青春通りへと向かいました。

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後に世界的な医学者になる野口英世が、
自ら手術を受けた会陽医院に書生として住み込み
医師への道を志して勉学に励んだ地です。

この地で初恋も経験。
医師開業試験を受験するために東京へ出るまでの
まさに青春時代を過ごした街といえましょうか。

その会陽医院が現存しています。

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会陽医院は今、野口英世青春館として
一階はノスタルジックなムード漂う喫茶店「會津壹番館」で、
二階には英世の貴重な資料が展示されています。
入口前でパチリ。

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青春館から少し歩けば野口英世青春広場があり、
そこに野口英世像が屹立しています。

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とても立派な銅像です。
ここで文字通り野口英世同士がご対面となりました。

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野口英世青春館の近くにある郵便局は、会津若松郵便局です。

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今回は、会津若松市からお届け致しました。

明日(もう今日ですが)、
新しいお知らせがございますので掲載させて頂きます。
またお立ち寄り頂けますと嬉しく思います。


2011年05月07日

花暦


ゴールデンウィークも終わりました。
皆様はどのように過ごされましたでしょうか。
旅行へお出かけになられましたでしょうか。

東北地方の観光地にも観光客が少しずつ戻ってきたようです。

宮城県の松島は
湾内をめぐる遊覧船もゴールデンウィークと同時に再開。
瑞巌寺、五大堂なども含め例年よりは少ないけれど
予想以上に多くの人が来たようです。

青森県では弘前公園で満開のソメイヨシノのもとで
「さくらまつり」が賑わったようです。

そして岩手県は平泉。
毛越寺や中尊寺など錚々たるラインナップがあります。

遂に今日、世界遺産登録への関門でもある「イコモス勧告」が出ました。
これにより(小笠原諸島と共に)今年六月、
平泉の文化遺産は正式に世界遺産に登録される可能性が大いに高まりました。

松島にしても平泉にしてもそこに在るものは、
地元の誇りであることはもとより
ニッポンが世界に誇る<文化遺産>であり
<文化=カルチュラル・アイコン>です。

そして今、松島や平泉のそれらは東北復興のシンボルともなり得る存在です。

これからの夏、秋にかけて松島も平泉の各所も、
もちろん東北各地のその他も、すばらしい季節となってきます。
平泉の世界遺産登録と共に多くの人が足を運び
活気をもたらすことにつながると良いと思います。

本日は平泉と小笠原諸島が
世界遺産登録へ大きく前進したお祝いとして、
東京は立川市の国営昭和記念公園から花をお届けしたいと思います。


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赤白黄色だけではない色とりどりのチューリップ。

<ご当地フォルムカード>第二弾/富山県(チューリップ)が
共に記念撮影です。

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黄色鮮やかに背の高い菜の花たち。

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<ご当地フォルムカード>第二弾/千葉県(菜の花)が
菜の花畑にやってきました。

その他にも同地にはお祝いの花が数多く咲いていました。

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最後は牡丹です。

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公園の近くであり、
JR立川駅の近くにもある大きな郵便局が立川郵便局です。

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国営昭和記念公園は、東京ドームの約40倍の広さといわれています。

緑と色とりどりの花で溢れる自然豊かな広大な公園で
一年を通して季節感と共に楽しむことができます。

次回は東北地方の福島県を訪れます。


2011年05月02日

八十八夜


夏も近づく八十八夜♪ 

文字通り夏の扉ともいえる八十八夜の今日、
<ご当地フォルムカード>第一弾/静岡県[茶(茶娘/茶畑)]が
静岡県へ茶摘みに出かけました。

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東名高速で富士川、さらには大井川を越えて降り立った地は、
日本有数の茶産地として知られる静岡県牧之原市。

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市内を見下ろして広がる見事な段々。

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夏の訪れを予感させる青空に浮かぶ白い雲。
茶畑ならではの防霜ファン(扇風機)がまた良い味を出しています。
"八十八夜の別れ霜"といわれるように、
時節的に霜がなくなり天候も安定し、夏へと向かっていくとされています。

茶畑で記念撮影です。

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<ご当地フォルムカード>ならではのタッチの"女性"。
その原点がこちらです。

牧之原市の隣、島田市へ行ってみます。
SLでも人気の高い大井川鐵道が走ります。

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中部の駅百選に選定されている瀟洒な新金谷駅。

そして牧之原市と島田市といえば、
両市にまたがる静岡空港(愛称:富士山静岡空港)。
間もなく開港二年を迎えようとしています。

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最後に、茶畑/茶娘と関連する風景印をご紹介します。

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こちらは宍原郵便局の風景印です。
まさに今の時節にぴったりですね。



富士川に沿って静岡県静岡市(清水区)と
山梨県甲府市を結ぶ南北タテの国道52号線を北上します。



2011年04月23日

上野動物園



もうすぐゴールデン・ウィークですが、
首都圏もまだまだ寒く
天候のすぐれない日が続いています。

気象を操作することはできませんが、
お天気の神様に、あした天気になれとお願いすることはできますね。

特に子供に限らず、動物園に行く前の夜は、
あしたの天気が気になるものです。

今週、東京では青空が広がった一日がありました。

そんな或る春の一日、
<ご当地フォルムカード>第三弾/東京都(上野動物園)が
上野動物園を訪れて、ジャイアント・パンダとご対面。


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4月1日から公開された上野動物園のジャイアント・パンダは、
リーリー(雄五歳)とシンシン(雌五歳)。

二頭が来園した際の報道陣は
上野動物園始まって以来といわれる数となり、
公開初日の来場者数も時間短縮での営業ながらも
予想を上回り二万人を超えるなど、
その話題性と人気は、さすがパンダといえましょうか。


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<ご当地フォルムカード>第三弾/東京都(上野動物園)が
パンダとご対面をした日は、ウィークデイの朝でしたが、
それでも行列ができていました。

ゴールデン・ウィークはかなりの人出になると考えられますが、
それでもやっぱりジャイアント・パンダに逢いたいという方は
多くいらっしゃられるのだと思います。

日本国内には、兵庫県神戸市の神戸市立王子動物園と
和歌山県白浜町のアドベンチャー・ワールドでも
ジャイアント・パンダに逢うことはできますが、
「パンダといえば上野動物園」というゼネラル・インタレストは
たしかに存在していますね。

上野動物園には現在、ニシローランド・ゴリラのかわいい赤ちゃんもいます。


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園内グッズショップでは、
ジャイアント・パンダx上野動物園のグッズも多く、楽しむことが出来ます。

ご対面記念にグッズを一つ、クッキーを購入しました。

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間もなくゴールデン・ウィークです。
日本全国にこのような青空が広がることを
<ご当地フォルムカード>も願っております。


*上野とパンダの風景印については、3/8掲載の以下をご参照ください。
 http://blog.postacollect.com/article/13932914.html



◇ 
2011年04月19日

京都にて



桜の季節も終わりに近づいてきました。
日常に追われていると、
桜を愛でる間もなく、気がつけばその季節は終わっていることもしばし。

本日の<ご当地フォルムカード>の旅は、
桜の京都からお届けしたいと思います。

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<ご当地フォルムカード>第一弾/京都府(舞妓さん)が
清水寺を訪れました。

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いずれも国重要文化財の、仁王門と三重塔を見つめています。
青空に映える桃山様式の極彩色文様たる三重塔は、
三重塔として日本最大級を誇っています。

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奥の院を望みます。

そして奥の院側から本堂を眺めると
三重塔とその背後に京都市街地を遠望する絶景が広がります。

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<ご当地フォルムカード>第一弾/京都府(舞妓さん)が、
清水の舞台を眺めます。

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散り際の鮮やかな桜。
清水寺でも桜は見事に風に舞い、池の水面に下りて集います。
桜が残す最後の美しさでしょうか。

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*****


京都で最も大きい郵便局は、京都中央郵便局。
JR京都駅を出るとすぐ左手にあり、
常に多くの来局者の方々で賑わっています。

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局前にはこんなポストも。

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「平安建都1200年記念」と銘打たれています。

そして清水寺に近い郵便局。
こちらはその名もズバリ、京都清水郵便局。

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徒歩圏なので、清水寺散策の帰りに立ち寄ってみるのも一計。



風景印もまさに<清水寺>です。

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(風景印日付は画像消去処理を施しています。
 また、切手は実際には120円切手貼付でのご使用となります)。

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*****


さて、<ご当地フォルムカード>。

京都府はこれまで
第一弾:舞妓さん 第二弾:蛇の目傘 と来ました。

第三弾は<ご当地フォルムカード>の京都府では初となる建造物。
それを<ご当地フォルムカード>第一弾/京都府(舞妓さん)が見上げます。

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そうです。京都タワーです。

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<ご当地フォルムカード>では、
第二弾で、東京都(東京タワー)、大阪府(通天閣)が登場。
タワーとして三番手での登場が京都タワーとなりました。

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全国にある主な20のタワーが連携しているのが、
全日本タワー協議会。

そのタワーの中でも、特に独特のフォルムと
建造物との合体を見せているのが、京都タワー。

JR京都駅を出るとすぐ目につきますね。
この京都タワーが建っている位置は、
昔、京都中央郵便局があった場所です。


最後に、京都タワー展望室から東寺五重塔、
そして京都中央郵便局を見てみます。

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2011年04月14日

ご当地フォルムカード.3


ご好評を頂いております
全国都道府県の名所・名物をかたどったポストカード、
<ご当地フォルムカード>。

昨年7月発売開始の第二弾に続く第三弾が、4月18日(月)から発売となります。

本日は絵柄の一部をご紹介させて頂きます。
今回もまだまだある各都道府県の王道的存在から人気者まで、
幅広く絵柄として取り上げました。


久しぶりのパンダの公開が始まった上野動物園。
パンダといえば上野動物園。
東京都は、<雷門>→<東京タワー>と来て第三弾は<上野動物園>です。

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第二弾/山梨県で登場した戦国武将は、<武田信玄>。
信玄といえば想起されるのが、
川中島の戦いで戦国名勝負数え唄を演じた、あの武将です。

新潟県は<上杉謙信>の登場です。

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長野市の八幡原史跡公園にある信玄と謙信の像の前で、
<武田信玄>(第二弾/山梨県)とこの<上杉謙信>を
並べてみたいものです。

鉄道も人気のコンテンツですね。
第二弾/神奈川県の<江ノ電>は高い人気を誇っています。
今回も鉄道は登場しますが、
その一つが千葉県の<銚子電気鉄道>。
犬吠埼燈台を借景に、菜の花咲く線路を走ります。

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武将も鉄道も、この二つ以外にもあります。
第二弾の東京タワー、通天閣で登場した"タワー"もあります。

そして、例のご当地フォルムカードならではのタッチの"女性"も
今回も登場しています。
ご当地の王様ともいえる"富士山"もどこかに登場しています。

もちろん食や建造物、名所、動物、伝統工芸品と
彩り豊かなラインナップを揃えました。

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絵柄詳細は本日夕方、ご当地フォルムカードのウェブサイト
http://www.postacollect.com/gotochi/index.html
に掲載させて頂きますのでご覧ください。


ご当地フォルムカードは、"ご当地"が主題ですが、
その背景には「旅」があり、「文化」があります。
そして日本は四季折々の季節感という豊かさがあります。

第一弾(秋〜初冬)、第二弾(夏〜初秋)、第三弾(晩春〜夏)と来て、
あとは冬〜春でオールシーズンとなります。

旅を軸に、季節感と文化を"ご当地"を媒介として
お客様それぞれの愉しみ方で引き続きご愛顧賜りますことを
切に願い、ご挨拶とさせて頂きます。

<ご当地フォルムカード>第三弾も、
どうぞよろしくお願い申し上げます。


●販売局情報は以下をご参照ください。
http://www.postacollect.com/news.html#news01

●東北6県(青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島)
及び茨城県の7種類は、当該地域において震災によって
被災した郵便局も多数あり、郵便や銀行・保険の機能回復、
被災地域・住民への支援業務などが最優先と考え、
郵便局株式会社との協議のうえ、4月18日の販売は見合わせております。
販売の開始時期は確定次第、当社HPでお伝え致します。




2011年03月08日

上野


啓蟄の頃合いを迎えていますが、未だ寒さが残ります。
東京首都圏は昨日、朝から雪。
春満開までは、まだまだかかりそうですね。

今日は、日本を代表する彫刻家・高村光雲の
159回目の生誕記念日です。

1852年の今日生まれた高村光雲は木彫を極め、
江戸時代からのその伝統を近代へと
受け継がれる基盤を作った人です。

シカゴとパリでの万博にも作品を出品するなど活躍。
東京美術学校の名誉教授などを務め、
1934年秋に82歳でこの世を去りました。

その高村光雲の代表作の一つとして、
今もなお東京は上野恩賜公園に立つのが<西郷隆盛像>です。

<ご当地フォルムカード>第二弾/鹿児島県(西郷隆盛)が、
上野へ出かけました。

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JR上野駅正面玄関側/浅草口で記念撮影。
この反対側が公園口になり、
上野恩賜公園や
上野動物園(正式名称:東京都恩賜上野動物園)、国立西洋美術館などがあります。

西郷隆盛像は、上野恩賜公園の南側に立っています。

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1897(明治30)年、竣工。
西郷隆盛像は高村光雲作、
傍らの犬は、皇居前の広場に立つ楠木正成像が乗っている馬像などを
作った後藤貞行作。

高村光雲と後藤貞行コンビは、その楠木正成像でもジョイントし、
馬像を後藤が、そして本体の楠木正成像を高村が作ったことでも知られます。

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さて、上野。

上野といえばあまたあれど、
日本最古の動物園である上野動物園が有名です。

そして上野動物園といえばパンダですね。
パンダといえば上野動物園ともいえましょう。

1972(昭和47)年のカンカン・ランランの来日以来、
ジャイアント・パンダは上野動物園の顔になっていましたが
三年前の春、リンリンが死去してからは、
一頭もいない<パンダ不在>が続いていました。

しかし先日、新たな二頭が中国から来日。
この三月に三年ぶりに上野動物園で
ジャイアント・パンダが公開されることになりました。

時期も春と良く、きっとまた大勢の来場者で賑わうことでしょう。

上野動物園には今、
珍しいニシローランド・ゴリラの赤ちゃんもいます。
ゴリラは授乳期間も長く、繁殖がとても難しい動物だそうです。

園内でのゴリラの赤ちゃんとお母さんの光景は
とても微笑ましいものがあります。

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最後に、西郷隆盛つながりの風景印をご紹介します。

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上野七郵便局は、上野駅から徒歩約8分。



風景印は西郷隆盛単独です。

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そして、西郷隆盛のみならずパンダも登場している風景印。

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上野郵便局。

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(風景印の日付は画像消去処理をしています)。


暖かい春休み。ジャイアント・パンダの公開が楽しみですね。


2011年02月25日

伊達な旅



少々ご無沙汰してしまい、申し訳ございませんでした。

パリへの旅からの帰国が遅くなってしまいました。
戻ってみると既に首都圏では、菜の花や梅が咲き始めていました。

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横浜市の金沢自然公園で咲く梅と菜の花です。
間もなく啓蟄。春の足音も近づいてきましたね。

でも、東北地方はまだまだ寒いです。

<ご当地フォルムカード>第一弾/宮城県(伊達政宗)が、
日本三景の松島を訪れました。

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日本三景の碑にて。
天橋立、宮島と並ぶ堂々たる日本三景・松島。
宮城県民のみならず、日本の宝ともいえる景観美です。

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まさに伊達政宗にとっては縁深い瑞巌寺と松島への帰還です。

<ご当地フォルムカード>の旅としても
東北地方は、昨秋の岩手県、山形県以来ですね。

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眺望としては四大観が有名ですが、
松島は見る場所によって本当に様々な美しさを見せてくれます。

松島の、景観の中で切っても切れないのが五大堂です。
瑞巌寺に属する国重要文化財・五大堂は、
松島のシンボル的な景観の一つです。

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かの写真家・土門拳さんが雪の五大堂を撮った同じ構図です。
ここで政宗公も記念撮影です。

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松島、五大堂といえばさらにもっと知られる光景としては
松島海岸駅から歩いて向かってくる側から見る構図です。

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いつかどこかで見ているような既視感を覚えさせます。

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同じく五大堂とその向こうに見える福浦島、
そして赤い欄干の長い橋が福浦橋です。

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遠く点在する島々をめぐる遊覧船もシンボルですね。
遊覧船とそれに乗るお客さんたちを
カモメが友好的に飛んでついてきます。

春夏秋冬、どの季節をとっても松島は、
心の贅沢を味わせてくれる地ですね。

最後に、松島にある昔なつかしい赤ポストを。

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2011年02月08日

凱旋門



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やって来ました。

パリへ。

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<ご当地フォルムカード>第二弾/大阪府(通天閣)が、
フランスの首都パリを象徴するランドマークの一つ、
「エッフェル塔」にやってきました。

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1912(明治45)年、大阪・新世界エリアに、
遊園地ルナパークと共に誕生した初代・通天閣。

エリア一帯は西洋的なムードで華やぎ、
文字通り「新世界」が広がったことと想像されます。

通天閣とルナパークの間の空中では
我が国初の旅客用ロープウェイが浮遊し、
パーク内では"幸運の神"ビリケンが微笑んでいました。

東洋一(当時)の高さを誇った初代・通天閣は
華やかな新世界を象徴する存在でもあったわけですね。
残されている当時の写真を見ると、
そこが日本とは思えないほどです。

その初代・通天閣がモデルとしたのが、
パリのエッフェル塔と凱旋門でした。

時を超えて、二代目・通天閣が、
初代がモデルとしたエッフェル塔と凱旋門を表敬訪問しました。

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エッフェル塔には、
<ご当地フォルムカード>第二弾/東京都(東京タワー)も
一緒にやって来ました。

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エッフェル塔を凌ぐ高さを目指した東京タワー。
完成当時、エッフェル塔を超えて
自立式鉄塔の世界最高峰に到達しました。

エッフェル塔は、まさに夢の対象となり得る存在だったのです。

この後、
二代目・通天閣と東京タワーが揃って、
凱旋門(エトワール凱旋門)を訪れました。

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実はもう一枚。

<ご当地フォルムカード>第二弾/山梨県も共にやって来ました。

戦国屈指の武将、武田信玄が凱旋門で何をか思ふ…。

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2011年01月31日

通天閣



<ご当地フォルムカード>第二弾では「タワー」が二つありました。

東京都の東京タワーと大阪府の通天閣。
東西両横綱ですね。

国内のタワーは、全日本タワー協議会という組織があり
北は北海道のさっぽろテレビ塔から
南は福岡の福岡タワー、大分の別府タワーまで
20のタワーが加盟。

毎年10月1日は「展望の日」と銘打って、
特典やイベントなど盛りだくさんな内容で来場者を
楽しませてくれます。

当欄では東京タワー、さっぽろテレビ塔などをご紹介しましたが、
今回は「天に通ずる高い建物」通天閣です。

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通天閣と新世界は、大阪らしさを象徴する存在といえます。

初代・通天閣が姿を消したこともあり
寂しくなった新世界の復興を期して、現在の二代目・通天閣が建てられました。
設計は、東京タワーと同じく内藤多仲さん。

1956年、秋、待望の二代目・通天閣が竣工。
今年は、55年目の記念イヤーを迎えています。

近年あらためて脚光を浴びている串カツと共に
新世界に多くの人が足を運ぶ中、通天閣の来場者数も増加。
昨年6月には通算来場者数が3,500万人を超えました。

大阪を代表するシンボルであり観光名所ですね。

世界で初めて導入された円形エレベーターに乗って、
展望台へ行きます。
そこには大阪を一望する素晴しい景色が広がっています。

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大阪城の姿も視界に入ります。

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大阪中心部を走る独特のループは、阪神高速環状線。

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夕景。ベイエリア方面を望みます。

夜の帳がおりました。
<ご当地フォルムカード>第二弾/大阪府(通天閣)が、
本家・通天閣とツーショットご対面です。

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通天閣にはスリル満点のアトラクションがあります。
昨年10月にオープンした出来立てほやほやの
「通天閣スカイウォーク」です。
高さ75mの空中ウォーク。

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富士山頂まで登ったことがある
<ご当地フォルムカード>ですが、
ここではツーショットを撮る余裕がありませんでした…。

通天閣4階下にある通称「喉仏(のどぼとけ)」を空中散歩。
スリルを味わいながら歩けば、愛と絆の天使に逢えるかも?

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きらびやかな新世界と通天閣が交錯する光景は、
大阪らしさの一つとして人気です。

通天閣に登り、新世界で串カツを食す愉しみも一計。
どこかから声が飛んできそうですね。

"ソースの二度づけ、やめてんか"。

最後に。

通天閣。
その初代・通天閣といえば、
モデルとされたのがフランスはパリの凱旋門とエッフェル塔。

<ご当地フォルムカード>第二弾/大阪府(通天閣)が
ポツリと呟きました。

『凱旋門とエッフェル塔、行ってみたいなぁ…』。


2011年01月19日

万治の石仏


長野県の松本市から、
中央自動車道を東京方面へすこし走れば諏訪湖があります。

諏訪地方では昨年、7年に一度の御柱祭が行われました。
「男見るなら七年に一度 諏訪の木落し 坂落し」と
唄われる勇壮な木落しでも知られています。

その祭は、国内で最も古い神社の一つとされる諏訪大社の最大行事です。
諏訪大社は諏訪地方の諏訪湖周辺に4ヶ所の境内地を持ちます。

長野県の旅は、松本から諏訪へと移動します。

<ご当地フォルムカード>第一弾/長野県(りんご)が、
御柱祭の木落し坂を訪れました。

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傾斜約30度、80メートルの坂の上で記念撮影しました。

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*****


JR中央本線下諏訪駅から約1km。
旧中山道沿いに鎮座するのが、諏訪大社の4ヶ所ある境内地のひとつ
諏訪大社下社春宮です。

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旅情漂うローカル路線。
下諏訪駅近くには下諏訪郵便局があります。

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ここから北へ進めば諏訪大社下社春宮があります。

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この裏手、境外に興味深いポスチャーの石像があります。
「万治の石仏」です。

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石仏のそばにあった説明板によれば、

「伝説によると諏訪大社下社春宮に石の大鳥居を造る時、
 この石を材料にしようとノミを入れたところ
 傷口から血が流れ出したので、石工たちは恐れをなし仕事をやめた。
 その夜、石工の夢枕に上原山(茅野市)に
 良材を見つけることができ、鳥居は完成した。
 石工たちはこの石に阿弥陀如来をまつって記念とし」とあります。

これが造られたとされている時期は1660年。
昨年がちょうど350周年ということになります。

この石仏。写真で見るよりも実際は、うんと大きく
そのユニークなポスチャーも相まって
とてもインパクトが強い存在です。

かの芸術家・岡本太郎さんが万治の石仏を絶賛し、
この付近に岡本さんの手による文字が刻まれた石碑も建っています。

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*****


「万治の石仏」に最も近く、
諏訪大社下社春宮の目の前には下諏訪大門郵便局があります。



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最後に、
こちらの郵便局のポスト型はがきと風景印をご紹介致します。

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(日付は画像消去処理をしています)。

まさにこのエリアを象徴するような風景印です。
万治の石仏もしっかり登場しています。



2011年01月11日

敵に塩



夜の松本駅(長野県)に
<ご当地フォルムカード>第二弾/山梨県(武田信玄)が
降り立ちました。

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もちろん信玄の時代には車も電車もありませんが、
山梨県の甲府駅から長野県の松本駅まで
車でも電車でも約1時間半から2時間といったところで
さほど遠大な距離ではありませんね。

なぜ信玄が松本市にやってきたか。

武田信玄といえば、「誰」を想起しますでしょうか。
村上義清?山本勘助?織田信長?徳川家康?…。
やはり最も関係性の深い存在は、
戦国名勝負数え唄ともいえる闘いを繰り広げた好敵手、
上杉謙信ではないでしょうか。

今日1月11日は、「塩の日」です。

1569年、武田方の領民は今川・北条方の策謀によって
塩を絶たれて苦しんでいました。
敵対していた上杉謙信がここで越後の塩を送ったのです。

これがいわゆる「敵に塩を送る」という諺に昇華しました。
謙信が信玄方へ塩を送ったのが今日、1月11日だったのです。

その塩は、松本に到着しました。

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松本市本町一丁目にある「牛つなぎ石」です。
彼の地にある解説板によれば、塩がここに到着したのは1月12日。

謙信の義侠心による塩を積んだ牛車が辿り着いた地。

松本地方は当時、信玄の支配下にありましたが、
前述の通り、今川・北条方が太平洋岸の南塩の道筋を封じることで
甲州と信州の民人を大いに困窮させたのでした。
それに対して謙信が塩を送ったのですが、
太平洋岸ではなく日本海岸の北塩を糸魚川経由でこの松本へと
届けたというわけです。

このような逸話があるから、
信玄と謙信の関係は「名勝負数え唄」ともいえるのでしょう。

さて、この松本駅、牛つなぎの石からも
歩いていくことができる距離には松本を、
そして長野県を代表する建物があります。

国宝にして現存天守、すなわち「国宝四城」の松本城です。

<ご当地フォルムカード>第二弾/長野県(松本城)が
里帰りしてご対面です。

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別名・深志城。
その見どころの一つは、
黒漆の天守と朱塗りの橋の組み合わせです。

特に黒漆の天守は、夜の景にもよく映えますね。

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しかもこの天守は、国宝四城の中でも、
姫路城と共に国内で二つだけ現存する五重天守という
ヴァリューの高さのおまけが付きます。

天守が出来てから約400数十年。
今でも年に一度、この五重天守の黒漆塗りは塗り直されるため
見事なまでに黒光りしています。

優美な姿を長い年月を経ても守り通す素晴しさを感じさせてくれます。


2011年01月01日

初夢


新年あけまして、おめでとうございます。

旧年中は弊社アイテムをご愛顧賜りまして、誠にありがとうございました。

本年も<ご当地フォルムカード>第三弾他、
皆様にお喜び頂けるような郵便関連グッズをご提供して参りますので
何とぞよろしくお願い申し上げます。


*****


今夜から明日。皆様におかれましても
素敵な初夢をご覧になられることと思います。

昔から「一富士、二鷹、三茄子」(いちふじ、にたか、さんなすび)と言われ、
初夢に見ると縁起が良いというものの喩えのことわざがあります。

本日は2011年の寄稿初めということで、
日頃からご愛顧賜っております皆様の
今年一年のご多幸を祈願して「一富士」を掲載したいと思います。

<ご当地フォルムカード>富士山と、富士山頂で見るご来光です。

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そして、東京都内ではもはや数少ない、
本当に富士が見える「富士見坂」からの景色を。

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東京都庁舎(新宿)、キャロットタワー(三軒茶屋)、
東京タワー(芝)、高尾山(八王子)など、
高層建造物の展望室や山の上からは、都内でも富士の眺望を楽しむことはできます。

富士見町、富士見台など地名に多く存在する富士ですが、
それだけ昔の東京都内からは富士が綺麗に見えたのでしょう。

今もなお地上からしっかりと富士を望むことができる
正真正銘の富士見坂は、日暮里にあります。


最後に、昨夏寄稿した「風景印の中の富士山」に未掲載の
富士山と風景印を一つご紹介致します。
その名もまさに富士郵便局。

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それでは、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


2010年12月15日

忠臣蔵(2)


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吉良邸からすぐ近くにある回向院。

江戸を襲った「振袖火事」と呼ばれる明暦の大火。
江戸市街地の6割を焼き、10万人以上の人名が失われました。
時の将軍・家綱は亡くなられた無縁の人々の亡骸を手厚く葬りました。
それが回向院の始まりとされています。

ねずみ小僧(鼠小僧次郎吉)のお墓もここにあります。

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今ではこの近くにある両国国技館で行われている大相撲ですが、
江戸時代においては主に公共社会事業の資金集めのための
勧進相撲興行という形態をとっていました。
その勧進相撲の中心としてこの回向院は存在してもいました。

今でも若い力士が、力がつくようにと
回向院にあるこの力塚を詣でます。


*****


さて、討ち入りを果たした四十七士一行は、
この回向院への立ち入りを拒否されます。

その後、当初予定していた両国橋
(昨日掲載の風景印に登場)へ辿り着きますが、
両国橋を渡ればそこは大名屋敷街。

東上してくる追手との鉢合わせを回避すべく
四十七士は隅田川を渡らずに、そのまま南下していきます。
両国橋の南、次の橋は新大橋。途中、隅田川の支流を一行は渡ります。

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小名木川に架かる萬年橋。
北岸には徘聖・松尾芭蕉が居を構えた地があります。

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「おくのほそ道」に旅立つ前の芭蕉、最後の庵が採茶庵です。
ここから手前の川を舟で隅田川を北上して千住まで進み、
「おくのほそ道」のスタートは切られました。

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新大橋を南下。隅田川に架かる次の橋は、清洲橋。
関東大震災後の復興事業として、
ドイツのケルン橋をモチーフにつくられました。
勝鬨橋、永代橋と共に国重要文化財に指定されている名橋です。

この橋を過ぎると、四十七士が休息をとった場所としての碑が建っています。

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この時点では既に相当の疲労もあったでしょう。
しかしまだ隅田川を渡っていません。

次の永代橋で隅田川を渡る四十七士。

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永代橋を越えて、茅場町、京橋、銀座など、
築地本願寺、新橋にある主君・浅野内匠頭最期の地を経て、
右手に増上寺を目にしたりしながら、泉岳寺へ急ぎました。

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東京タワーは当時まだありませんでしたが、
四十七士はこの増上寺を同じように見たでしょうか。

いよいよ主君が眠る泉岳寺に到着です。

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<ご当地フォルムカード>第二弾/東京都(東京タワー)が
当地で記念撮影です。

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(つづく)


2010年12月14日

忠臣蔵(1)


江戸城中で二番目に長い廊下。
その畳敷きの立派な廊下に沿った襖戸には、松と千鳥が描かれていました。
松之大廊下です。

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元禄14年,春。
この松之大廊下にて、播州赤穂藩主・浅野内匠頭長矩による
高家旗本・吉良上野介義央への刀傷事件が起こります。
浅野内匠頭は切腹に処されます。

この松之大廊下から忠臣蔵ストーリーが始まりました。

翌元禄15年の今日、12月14日
(現代の時刻では、正しくは15日未明)、
主君の仇をとるべく
筆頭家老・大石内蔵助良雄を中心とする赤穂四十七士が
現在の墨田区両国にあった吉良邸へ討ち入り、吉良上野介を討ちました。

過去から現在、歌舞伎座からテレビまで
題材として多く取り上げられる<忠臣蔵>です。

<ご当地フォルムカード>東京が、忠臣蔵ゆかりの地を訪れました。

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両国国技館と江戸東京博物館がある両国。
それらの大きな施設と、両国駅をはさんだ南側。
勝海舟生誕の地の近くに、
東京都指定旧跡「吉良邸跡」(本所松坂町公園)があります。

吉良上野介が江戸城近く鍛冶橋の屋敷からここへ移り住んだのは、
討ち入りの約1年前。
結果的にこれが討ち入りを容易にしたともいわれています。

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赤穂四十七士は、14日深夜に結集。現代の時刻で15日未明に
この吉良邸へ討ち入ります。

その際、大石内蔵助良雄の子・主税は裏門から入ったとされます。

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裏門側。大石主税以下24名が裏門を壊して侵入。

吉良家の家臣たちは寝込みを襲われます。
広い屋敷内で未明に続いた討ち入りで、
吉良側は40名以上の負傷者を出したのに対して、
赤穂浪士側は2名の軽傷者だけに留まったそうです。

吉良家は完全に虚をつかれた形になったのでしょう。

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吉良邸跡にある吉良上野介像と
<ご当地フォルムカード>第一弾/東京都(雷門)が記念撮影。

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首洗い井戸も現存しています。


*****


この吉良邸跡のほぼ向かい側にあるのが、墨田両国三郵便局。



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(日付は画像消去処理をしています)。

風景印は、お膝元・大相撲。そして両国橋。

討ち入り後、
四十七士たちが向かったのは近隣にある回向院でした。
本懐を遂げた後の、いわば待ち合わせ場所。
そこで受け入れを拒否されて、次に向かったのが
風景印で描かれている両国橋。

しかし四十七士たちは両国橋を渡ることなく、
別のルートをとって、一路、主君の眠る泉岳寺へと向かったのでした。

(つづく)


2010年12月01日

銀杏並木



東京の、秋景色の名所。
その一つが明治神宮外苑の銀杏並木です。

<ご当地フォルムカード>第一弾&第二弾/東京都が銀杏並木をお散歩。

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秋の澄み切った青空に黄に色づいた銀杏が映えます。

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銀杏は、現存する最も古い前世界の植物の一つとされています。
氷河期の到来でその多くは絶滅しましたが、
温暖な気候条件を保った中国では生育を続けました。

我が国の銀杏は中国から渡来。
「東京都の木」としても親しまれています。
主に街路樹、防火樹、庭木として植えられています。

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銀杏並木の向こう側、正面に見えるのは聖徳記念絵画館。

外苑の銀杏並木は、聖徳記念絵画館と並木の構図を遠近法を活用した見せ方で、
最高24メートル、最低17メートルの樹々を
その樹高順に青山口(上写真撮影位置側)から降りて勾配に従って植えられたそうです。

映画「第三の男」などのような、
まるで欧米のような風景と、現場の空気感が漂います。

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明治神宮外苑では現在、「神宮外苑いちょう祭り」が開催中です。

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2010年11月29日

龍馬


大河ドラマ「龍馬伝」が昨日、龍馬の暗殺で最終回を迎えました。
福山雅治さんの坂本龍馬も格好良かったですね。

大河ドラマの視聴率を少し見てみたいと思います。
今回の「龍馬伝」は期間平均視聴率が18.7%だったそうです。
案外、低かったようで、前作「天地人」に及ばなかったようです。

これまでの大河ドラマ(1963年から)の
期間平均視聴率の歴代トップ3は以下のようです。

「独眼竜政宗」(1987年)の39.7%
「武田信玄」(1988年)の39.2%
「春日局」(1989年)の32.4%。

以降、90年代から現在まで「秀吉」(1996年/30.5%)以外、
30%を超えるものはありません。
近年では「篤姫」(2008年/24.5%)が最も高い視聴率でした。

(データは関東地区。出典:ビデオリサーチ)。


「龍馬伝」の最終回を記念して、
<ご当地フォルムカード>第二弾/高知県(坂本龍馬)が高知県を旅しました。

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高知市上町1丁目上町病院前に建つ龍馬誕生の地碑。
誕生日であり命日である11月15日には毎年、この地で龍馬誕生祭が行われているそうです。

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1867年(慶応3年9月)頃に撮影されたといわれる
坂本龍馬最後の写真をモデルとした龍馬像は今年完成。
高知市上町にある「龍馬の生まれたまち記念館」にあります。

そして<ご当地フォルムカード>は龍馬郵便局を訪れました。

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郵便局前にあるポストは、龍馬ポストです。

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龍馬郵便局の風景印にも龍馬は登場します。

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(切手は当欄用です。<ご当地フォルムカード>をそのまま送付する際は、
 実際には120円切手の貼付が必要になります)
(風景印日付は画像消去処理をしています)


近年、大河ドラマと観光は波及効果をもって地元も盛り上がります。
次の大河ドラマは「江」ですね。
「江」の故郷である滋賀県は盛り上がるのではないでしょうか。



2010年11月11日

落花生



スポーツの秋、たけなわ。アジア競技大会も始まりましたね。
プロ野球では千葉ロッテ・マリーンズが激闘を制して日本一に輝きました。

その千葉を訪れました。
11月11日の今日は、ピーナッツの日です。
11月は畑から掘り出した後に自然乾燥された新豆が出回るピーナッツの美味しい時期。

全国落花生協会が1985(昭和60)年に、
落花生は一つの殻に2粒の豆が入っていて双子であることから
「11」が二つ重なる今日(11月11日)をピーナッツの日と制定したそうです。

<ご当地フォルムカード>第一弾/千葉県(落花生)が、
ピーナッツの日の今日、千葉県の東端を訪れました。

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JR総武本線、成田線と銚子電気鉄道が走る銚子駅前で記念撮影。

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人気の銚子電気鉄道。走行中の風景も粋です。
海の方へ、東へ東へと走ります。
向かうのは東端、日本を代表する灯台「犬吠埼燈台」です。

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太平洋を望む犬吠埼。

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秋晴れの青に映える真っ白な犬吠埼燈台。

世界の灯台100選に選ばれている他、今年、国の登録有形文化財に指定されました。
日本に六つしかない最大一等レンズを用いた第一等灯台としても名高いです。

上に登ってみましょう。
かつてニューヨークの「自由の女神」は階段で展望室まで登ることが出来ました。
東京タワーも階段で行くことも出来る機会があります。

遠目に見るとさほど高度の実感は少ない犬吠埼燈台ですが
階段で登ってみると、大変です。
やっとのことで登り切った展望台は屋外で風もあり、
そこで高さをより感じることになります。

高所が苦手な人はつらいかも…。

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落花生は高所が苦手?
ここで<ご当地フォルムカード>第二弾/千葉県(菜の花)に
登場頂きました。

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犬吠埼燈台の最寄駅は銚子電気鉄道の犬吠駅です。
ユニークな駅で、南国的な見映えを施しています。
関東の駅百選に選ばれている駅です。

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銚子に戻ります。
銚子といえば、漁港ですね。市場へ立ち寄ります。
美味しいイワシを頂くことができます。

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かつては海難所として知られた銚子は、
「阿波の鳴門か銚子の川口、伊良子渡合が恐ろしや」と
船頭歌に唄われたそうです。

犬吠埼燈台は、国内第二の高さと第一等レンズで海を守っています。

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2010年10月30日

唐津くんち



佐賀県にやって来ました。

<ご当地フォルムカード>と佐賀県といえば、
第一弾の唐津くんち、第二弾の呼子のイカです。

深津絵里さんがモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を獲得した
映画「悪人」の中でも唐津と呼子は舞台として登場します。

今回は、第一弾/佐賀県<唐津くんち>が、
唐津くんち開催迫る唐津市に足を運びました。
人口約12万7千人の、玄界灘に面する県内第二の都市・唐津は、
古くは唐津藩の城下町でした。

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唐津駅。電車でもバスでも車でも、福岡・博多はそう遠くありません。


この街の最大のお祭りが、国の重要無形文化財に指定されている唐津くんちです。
毎年11月2日から4日まで開催されます。

唐津くんちは、唐津神社の秋季例大祭です。

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755年創建の唐津神社。

現代の貨幣換算で一体1億5千万円の制作費がかかるとされる
高さ7メートル、重さ2〜5トンある勇壮な曳山が
一番から十四番まで登場。

地元の若者数百人が粋な法被姿で威勢良く市内を引きます。

期間中の人出も50万人を超える壮大なる祭となっています。


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曳山十四体は、唐津くんちのとき以外は市内の曳山展示場に勢揃いします。
くんちを見物できなかった場合は、曳山展示場で曳山を見ることができます。

<ご当地フォルムカード>第一弾/佐賀県(唐津くんち)の絵柄となった
第五番曳山の姿も見えますね。


*****


唐津神社や曳山展示場があるエリアは城下町エリアです。
ここには唐津城もあります。

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<ご当地フォルムカード>も記念撮影です。

石垣や堀の跡、江戸からの屋号を残す老舗が点在する
この城下町エリアを歩けば風情ある橋に突き当たります。
その城内橋を渡れば城。橋の下に広がるのは唐津湾に松浦川。

実にシックな、オールドファッションドで粋な空間が広がります。

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そして、"燃えすぎていない"
ほどよい具合の夕陽が沈む美しい光景が広がります。

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この写真の左手ずっと向こうには、
あのジャック・マイヨールが愛した海と
国特別名勝にして日本三大松原の、虹の松原があります。

唐津くんちは、来週行われます。



2010年10月22日

チラシPDFのお知らせ



お客様からご希望のあった
<ご当地フォルムカード>第一弾のチラシPDFが、
下記よりダウンロード可能となりました。

〇直リンク
http://www.postacollect.com/gotochi/images/regional1_web.pdf

〇ご当地フォルムカード ウェブサイト
http://www.postacollect.com/gotochi/index.html
(ページ下部にバナーがあります)

ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。


2010年10月20日

グラバー園



<ご当地フォルムカード>は、九州にやって来ました。
まずは長崎はグラバー園。

第一弾/長崎県(旧グラバー邸)と第二弾/高知県(坂本龍馬)が
ダブルで、ゆかりのグラバー園を訪れました。

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まずは前者が旧グラバー邸とご対面です。

旧グラバー邸の旧グラバー住宅(Former Glover House)は、
グラバー園の中心的存在です。

我が国で最も古い木造の西洋風建築として、1863年に建てられました。
南国のバンガローをイメージした独特の建築の設計は、
グラバー自身の手によるもの。

愛用していたステッキなどの遺品が展示されています。

トーマス・ブレーク・グラバーは、スコットランドから幕末の日本にやって来た商人です。
薩摩、長州、土佐などの倒幕派を支援。
後に"長州ファイヴ"といわれる薩摩の五傑による渡英を後押ししました。

龍馬の商社・亀山社中が設立後すぐに大量の武器を外国から
輸入し得たのも、グラバーの存在があったからともいわれています。

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二人が出逢ったのは、共に二十代の熱い頃。
長崎で二人は何を語り合い、共に動いたのでしょうか。

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グラバー園にはまた、長崎伝統芸能館もあります。
長崎の氏神様である諏訪神社の秋の大祭である長崎くんち
(10/7-9で行われました)に関するビデオ上映、
奉納する踊り龍の他、関連展示があります。

第二弾/長崎県(長崎くんち)も旧グラバー邸をバックに
記念撮影をしました。

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"くんち"といえば、佐賀県の唐津市でも行われますね。
唐津くんちは来月2日〜4日に開催されます。




2010年10月06日

時計台



北海道札幌市。
人口は1,910,117人(平成22年9月1日現在推計/札幌市人口統計より)。
日本の大都市の一つです。

吉行淳之介氏の「札幌夫人」、
渡辺淳一氏の「阿寒に果つ」「流氷への旅」「リラ冷えの街」その他、
数多くの恋愛小説にも登場するロマンティックな装いの都市です。

ニセコや定山渓あたりから色づきはじめた紅葉は
間もなく札幌市街地も彩る頃でしょうか。


<ご当地フォルムカード>第一弾/北海道(時計台)が
晩夏に時計台を訪れて記念撮影をしました。

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石原裕次郎さんが唄った「恋の町札幌」で
主舞台になるのがこの時計台です。

歌の中の主人公の女性は、
時計台の下で"あなた"と出逢い恋におちました。

札幌と時計台は、
その女性が寂しいときやむなしいときに足を向ければ
優しく包み込んでくれる。

札幌、そして時計台はそのように歌われるほど
おおらかな優しさをたたえている街であり存在でもあります。
静かにいつもそこにいる。そんな感慨を受けますね。

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今もなお現役で動き続ける時計。まさに大きな古時計といえましょうか。


*****


時計台はよく、三大がっかりとも言われます。

良いイメージが高ければ高いほど、
実際に邂逅したとき、少なからずも、がっかりは何でもあり得ることですね。

ロケーション、時計台の構造と位置、周囲の道路と建造物。
訪れる季節と時間…。そして時計台と向き合う自分自身のそのときの心持ち。

それらが少なからずも、受ける印象に大きな違いを生む要因ともなります。

写真を撮る人もいっぱい、います。

写真を撮るスポットとしては、
時計台と道路を挟んで向かい側のビルの二階通路からが
全景を撮ることができる点でも、ひとつにはお薦めです。

そこからの冬の雪の中の時計台を見てみましょう。

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夜の時計台。誰かと出逢いそうな、
そんな予感を覚えさせるほどロマンティックな建物ですね。


最後に,札幌にあるロマンティックでオールドファッションドな建造物
としては、北海道庁赤れんがですね。

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次回は、大通公園を散策してみたいと思います。




2010年09月21日

東京タワー



今から53年前の今日、1957年9月21日。
東京タワーは塔脚の第一柱を設置。
定礎式を行い、ここに建設のスタートが切られました。

それから15ヶ月後の58年12月23日、完工式が行われ正式オープン。
以来、長きに渡り多くの人々に親しまれ、
来塔者は昨秋に累計で1億6,000万人を数え、
今もなお年間約330万人の来場者を誇る東京のランドマークです。

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貴婦人のような脚部の流線美と
絶妙なインターナショナル・オレンジ色の交錯。
その色は、青空に見映えします。

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近年では、映画「Always三丁目の夕日」や
小説「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン」でも登場する東京タワーは、
これまでドラマ、映画、小説に数多くアイコンとして用いられています。

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モスラやウルトラQ以降のウルトラシリーズ等、
怪獣と東京タワーという組み合わせが多く見られました。

キングコングがニューヨークのエンパイア・ステート・ビルや
今はなきツイン・タワー(ワールド・トレード・センター)に登ったのと等しく、
怪獣x超高層建造物という構図は、絶好の組み合わせともいえましょう。

「もはや戦後ではない」という時代に入り、
55年頃からは"三種の神器"(白黒テレビ/冷蔵庫/洗濯機)が
大消費時代の幕を開き、日本は高度経済成長へと突き進みました。

政府の「所得倍増計画」の予想を上回る成長推移で
経済大国への道を邁進している最中。
東京オリンピックの開催、新幹線の開通などと共に東京タワーは、
まさに東京のランドマークを超えた
「ニッポンの成長」を象徴する時代のアイコンとして存在したのです。

そして今もなお、多くの人に愛されています。

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*****


東京タワーがある風景。

今や東京都内から富士山が見える場所は減ってしまいましたが、
東京タワーは各所から見えます。その風景は安心感を覚えます。

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東京都庁舎の展望室からの風景。
ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルに似た形の
NTTドコモ代々木ビルや、六本木ヒルズ、東京ミッドタウンと共に
東京タワーが視界に入ります。

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六本木ヒルズから見た東京タワーのある夜景。

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お台場からの東京タワーを見てみましょう。

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もう一枚、隅田川から見る東京タワーの風景です。

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東京タワーを訪れたら是非、特別展望台に登りたいです。
250mの高さにある特別展望台からは、
晴れていれば富士山も見ることができます。

東京と首都圏を俯瞰して見ることができる絶好の眺望スポットです。

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お台場方面。

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眼下を見れば、大都会・東京の姿が。渋滞する首都高速道路が見えます。

展望台の魅力は数多くありますが、
真下を見下ろすことができる窓もまたスリル満点です。

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<ご当地フォルムカード>第二弾/東京都(東京タワー)が
東京タワーでツーショットです。

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行かれたことのある方はもう一度、
まだ行かれたことのない方は是非一度、東京タワーに登ってみませんか。

灯台下暗しともいいますが、
東京出身者でも実は一回も登ったことがないという方は案外、いらっしゃいます。

実際に行ってみて下から見上げたり登ってみたりすると
多くの"なるほど"が得られる場所でもあります。


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東京タワーでは明日22日、
中秋の名月の夜、外階段を解放する「お月見ウォーク」が開催されます。
http://www.tokyotower.co.jp/cgi-bin/reg/01_new/reg.cgi?mode=1&no=1376

23日(木・祝)には
岩手県大船渡市との協力による「三陸・大船渡東京タワー さんままつり」が開催。
http://www.tokyotower.co.jp/cgi-bin/reg/01_new/reg.cgi?mode=1&no=1378

秋の連休もイベントが盛りだくさんです。


◇東京タワー/ホームページ
http://www.tokyotower.co.jp/333/index.html





2010年09月17日

おくのほそ道-出羽路


"閑さや 岩にしみ入る 蝉の声"。

<ご当地フォルムカード>第一弾/山形県(さくらんぼ)が
おくのほそ道の出羽路にある宝珠山 立石寺(以下:山寺)を訪れました。

まずは山形名物の一つ、冷やしラーメンを食します。

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その名の通り、味はラーメンそのもの。
スープや麺などが"冷たいラーメン"です。


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東北四寺廻廊のひとつ、山寺へ向かいます。

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山寺駅から川に架かる朱塗りの橋を渡り数分、登山口へ向かいます。

登山口から入るとすぐ国重要文化財・根本中堂の他、
日枝神社、宝物館、念仏堂、鐘楼などが点在します。
芭蕉と曾良の銅像もあります。

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二人の銅像は、おくのほそ道に絡む地に点在していますが、
山寺の曾良はまた白眉です。

幕府から伊達藩の動きを探るミッションを受けて
おくのほそ道に随行していたといわれる人物らしく、
ただの門人ではない何者かの凄みを感じさせる銅像になっています。

しばしの徒歩を経て山門に到着。
ここから山寺への登山が始まります。

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頂上にある奥の院まで1,015段の石段が続きます。

山の自然に沿ってつくられた参道(登山道)は
旧来から修行者の道です。最も狭いところは約14cmしかない四寸道。

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長い歳月での風雨が岩を削ることで
阿弥陀如来の姿を作り出したといわれる弥陀洞(下)は約4.8m。
見上げる高さです。

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ここを通り越せば仁王門。
いよいよ名所の五大堂、納経堂と、国重要文化財・開山堂が姿を現します。

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仁王門をくぐり抜けて振り返れば、
そこに仁王門、そして山上に納経堂と開山堂が見えます。

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ここで<ご当地フォルムカード>第一弾/山形県(さくらんぼ)が
旅の記念撮影。


さらに石段を進み、五大堂を目指します。
断崖の岩場を振り返れば、各所に修行の堂があります。

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まさに非日常的な異空間の装いです。

山寺に来る多くの観光客のお目当ての一つが五大堂です。
岩場に突き出る形の、山寺随一の展望台でもあります。

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五大堂から下を眺めてみます。

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懐かしい気持ちになる日本の原風景的な光景が広がります。
見える線路は、仙山線です。駅は山寺駅。


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最後に、山寺と郵便ポストをご紹介します。

まずは山寺の登山道にある郵便ポスト。

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そして山寺駅にポツンと立っている、昔なつかしい丸型ポスト。

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旅先からの便りを出すには、うってつけですね。


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2010年09月13日

達谷窟



中尊寺、毛越寺から西へ数キロ走ると、
突然、岩肌あらわな岸壁に大きなお堂が現れます。

岩窟に堂宇を構える窟堂として日本最大級のお堂。
それが達谷窟毘沙門堂です。

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807年、征夷大将軍・坂上田村麻呂が建立したといわれる達谷窟毘沙門堂は、
長さ約150m、最大高35mの岸壁の下部に位置しています。

島根県の三仏寺投入堂を想起させる佇まい。


<ご当地フォルムカード>第一弾&第二弾/岩手県
(わんこそば&カッパ)が訪れました。

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このお堂には上がることができます。お堂の上から周りを見てみます。

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お堂から下りる際、木柱組の、お堂の足下を見ることができます。

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この床下の空間は<守護不入>とされています。

諸国行脚の遊行の聖や山伏等が安住する宿として、

また戦に破れた武士がしばし身を隠して
その後に生まれ変わっていくための再生の場として、
さらには御先祖様の霊魂があの世から帰り集う聖なる場として、

今もなお人が立ち入ることの出来ぬ禁足の地とされているようです。



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この岸壁の左端の上を見ると磨崖仏があります。
これは我が国最北端の磨崖仏といわれています。

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大日如来とも阿弥陀如来ともいわれています。
長い年月の風雨にさらされたことから一部はげ落ちていますが
はっきりとその顔も分かります。

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2010年09月09日

おくのほそ道-奥州路(2)


<ご当地フォルムカード>第一弾&第二弾/岩手県
(わんこそば&カッパ)が旅する、みちのく。

「おくのほそ道」-奥州路の第二弾は、
中尊寺と同じく世界遺産登録を目指す平泉の文化遺産、毛越寺。


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毛越寺の「越」は通常、"つう"とは読みませんが、
慣用音で"おつ"と読むことから、"もうおつじ"になり、
それが変化して"もうつうじ"と読まれるようになったとのことです。

国の特別史跡、特別名勝に指定されている毛越寺は、
瑞巌寺(宮城県の松島)、中尊寺(岩手県の平泉)、立石寺(山形の山寺)と共に
慈覚大師円仁によって開山された「東北四寺廻廊」の一つを担っています。

この四寺は、みちのくの古寺巡礼としても高い人気を誇っています。


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この毛越寺にも松尾芭蕉の句碑が建っていますが、
英語のそれもあります。

「夏草や 兵どもが 夢の跡」。

その英訳句にはこのように記されています。

The summer grass
'Tis all that's left
Of ancient warriors' dreams.

"兵ども"が、"ウォリアー"になってしまうことで、
英語での、句の侘び寂びを表現することの難しさが表れていましょうか。


さて、<ご当地フォルムカード>の旅恒例の記念写真です。

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第二弾/岩手県(カッパ)が佇むのは、
浄土を地上に表現したと伝えられている浄土庭園です。
毛越寺の見どころの一つです。

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築山、遺水、洲浜、出島の石組などが見事な構図で成り立ち、
侘び寂びの空間美を、訪れる人々に提供しています。

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毛越寺を最後に平泉を後にします。
当地でわんこそばを頂いてから
<ご当地フォルムカード>第一弾&第二弾/岩手県は
次の目的地である達谷窟毘沙門堂へ向かい、

その後は、「おくのほそ道」は出羽路へ入り、
山形県の立石寺・山寺へと旅はつづきます。

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平泉駅。





2010年08月31日

おくのほそ道-奥州路(1)




我が国の紀行文学史上に残る傑作「おくのほそ道」。

"日本三景"松島から石巻・登米をはさみ
松尾芭蕉と河合曾良のふたりは、いよいよ「おくのほそ道」奥州路のクライマックス、
平泉(岩手県)に入りました。

平泉をめぐる際、逗留したのが一関市の金森邸。
ここは「おくのほそ道」奥州路における最北の宿で、
二泊したことからその宿跡(邸跡)は「二夜庵」と呼ばれています。

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ここを拠点として平泉を遊趣して戻り、そして、
ここから尿前ノ関を越えて出羽路へと入っていきました。


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芭蕉の名句が生まれた地は多々ありますが、平泉でのそれも白眉です。

<夏草や 兵どもが 夢のあと>。

三代に渡った奥州藤原氏の栄華と義経を想い、したためました。
強者たちの足跡。

悲劇の義経最期の地である高舘義経堂から
北上川と束稲山、栄華の跡を眺めます。

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奥州藤原氏の栄華三代の頃(平安時代末期)には、
平泉には10数万人の人口があったとされ、国内で平安京に次ぐ大都市でした。


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その平泉は現在、世界遺産登録を目指しています。
2008年には世界遺産登録の延期が決定されましたが、
来年の登録を目指しています。

登録推薦を行う「平泉の文化遺産」。その中の一つが中尊寺です。

<ご当地フォルムカード>第一弾&第二弾/岩手県(わんこそば/かっぱ)が
まずは中尊寺を訪れました。


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中尊寺へ入る目前、道路沿いに武蔵坊弁慶の墓があります。

弁慶といえば、牛若丸(義経)と弁慶。
義経の忠臣だった弁慶は最期まで義経を守り、
のちに"弁慶の立ち往生"といわれる最期を迎えました。

矢を放たれても義経を守り立ち続けて息絶えた弁慶。ここに静かに眠ります。


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中尊寺。参道は大きな杉並木に囲まれた月見坂。
<ご当地フォルムカード>第二弾/岩手県(かっぱ)が佇みます。


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<ご当地フォルムカード>第一弾/岩手県(わんこそば)も
真夏の中で涼感漂う竹林を前に記念撮影です。


そして、国宝・金色堂へ向かいます。

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芭蕉が<五月雨の 降り残してや 光堂>と詠んだ金色堂へと
つらなる石段と新覆堂。

シャワーのようにひととき降った雨が、ほどよく石段を濡らしています。

この新覆堂の中に燦然と光を放ちながら屹立する、国宝建造物第一号の金色堂。

ここには奥州藤原氏初代・清衡、二代・基衡、三代・秀衡の御遺体、
四代・泰衡の首級が安置されています。

血筋が明らかな四代親子の御遺体の存在は、世界に例を見ないということです。
荘厳な空間がこの中には広がっています。


金色堂を訪れて坂道をまた登ると旧覆堂が見えてきます。
その手前に松尾芭蕉の銅像と句碑が建っています。

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金色堂に溜息をもらし、
芭蕉の句がごとく降り残した雨が濡らした石畳を下り、
<ご当地フォルムカード>は中尊寺を後にして毛越寺へと向かいました。




2010年08月31日

<ご当地フォルムカード>チラシ



<ご当地フォルムカード>のチラシをPDFファイルで
ダウンロードできるように致しました。

下記、POSTAウェブの<ご当地フォルムカード>ページ下部の
バナーをクリックにてダウンロードすることができます。

http://www.postacollect.com/gotochi/index.html


ご活用頂けますと幸いです。



2010年08月26日

国宝四城の壱



江戸時代及びそれ以前に建てられ、そのまま現在まで保存されている天守は、
「現存天守」と呼ばれ、全国に12あります。

北から,弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、
松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城。

さらにその現存12天守のうち国宝となっているのが、4つ。
松本城、犬山城、彦根城、姫路城は「国宝四城」と呼ばれています。
姫路城は中でも世界遺産でもあります。

この国宝四城からは<ご当地フォルムカード>では、
松本城と彦根城が第二弾で登場しています。

今回の<ご当地フォルムカード>の旅は、
第二弾/滋賀県(彦根城・琵琶湖・竹生島)が彦根城を訪れました。


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彦根城は、明治時代に一度、解体の危機に見舞われました。

その時、彦根城を救ったのは明治天皇。
1878年10月に北陸巡幸を終えた明治天皇が、
彦根を通られた際に「保存するように」と大命を下されたからといわれています。

戦国時代の名残とどめる城として解体されずに残った彦根城は、
1952年に国宝に指定され、2007年には築城400年祭を迎えました。


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彦根城といえば思い浮かぶのは、近江国彦根藩主家・井伊氏です。

徳川四天王として家康の天下獲りを支えたのが、彦根藩初代藩主の井伊直政。
現在の彦根市発展の礎を築いた人とされています。

彦根城にほど近い彦根駅前には、その直政の銅像があります。


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彦根城から琵琶湖側を見てみます。

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琵琶湖は日本で最も大きな湖です。
その周囲は広く、エリアも湖北、湖南、湖東、湖西に分かれます。

<ご当地フォルムカード>第二弾/滋賀県に描かれた竹生島は湖の北部に浮かび、
彦根城はタテに長い湖のちょうどセンターあたりの東側にあります。

琵琶湖を南へ行くと、
京阪地区との交通の要衝であり、県庁所在地である大津市に着きます。

瀬田の唐橋の他、大津市には木曾義仲が眠る義仲寺があります。
ここにはまた、湖南とその地の人々を愛した松尾芭蕉も眠っています。


<ご当地フォルムカード>の旅は次回から、
松尾芭蕉の「奥のほそ道」を辿る旅で東北をめぐってみたいと思います。




2010年08月24日

龍馬ゆかりの地-3



龍馬をめぐる横須賀エリアの旅、最終回。
浦賀と大津を辿ります。

1860年。日米修好通商条約の批准書を交換するため、
幕府は米国に遣米使節を派遣しました。
本隊となる米国海軍船の護衛名目で随行したのが、咸臨丸。

福沢諭吉、ジョン万次郎などと共に乗り込んだのが勝海舟。

航海中の勝が船酔いで使い物にならなかったという説や
伝染病に感染したため自室に籠っていたという説などがありますが、
いずれにせよ咸臨丸の船内環境や航海中の天候(悪天候が続いたといわれています)
などにより、厳しく過酷な旅だったことが想像されます。

海外で見聞を広めた勝は、攘夷論ではなく、
欧米列強との関係性を踏まえて開国を説きました。

その勝に面会を申し入れて赤坂の勝邸を訪問したのが、
攘夷論を押し進める坂本龍馬。相反する考え方の二人が邂逅しました。

考え方の相違から、勝を斬りに来た龍馬でしたが、
勝の見識の広さに敬服し、弟子入りしたわけです。

龍馬は勝より先に亡くなります。
長生きした歳上の勝。勝の半分の年齢も生きなかった龍馬。

<ご当地フォルムカード>第二弾/高知県(坂本龍馬)が時を経て、
勝と再会を果たしました。


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横須賀市浦賀。黒船が来航した地。
ペリー来航から七年後、咸臨丸で米国へ旅立つ前、
勝はこの地で断食してまで切実な想いで航海の無事を祈願しました。

この高台から海側へ歩を進めると、眼下に広がる海を眺めることができます。

咸臨丸が旅立った浦賀の海を龍馬はどんな想いで見つめるでしょうか。


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勝海舟断食の地から車で約十分。大津に移動します。
ここは「おりょうの街」。

当欄でも霧島(鹿児島)の龍馬とおりょうさんを掲載しました。
龍馬が暗殺されたあと、横須賀保込(現在の大津町)、観念寺(現在の米が浜)と
移り住んだ、おりょうさん。

長生きしたおりょうさんですが、後半生を横須賀で過ごし、大津に眠っています。

亡くなってから142年後、龍馬はおりょうさんのお墓参りをしました。


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おりょうさんもまた長生きし、龍馬が生きた年月の倍を生きました。

龍馬が近江屋事件で暗殺されずに、
その後の人生を生きていたならばどんな展開になったでしょうか。
そして、おりょうさんは龍馬と再会して何を想うのでしょうか。
歴史のIFです。


龍馬ゆかりの地はここでまずはブレークし、
<ご当地フォルムカード>は他の都道府県へと旅を続けます。




2010年08月12日

龍馬ゆかりの地-2



「太平の眠りをさます上喜撰 たった四はいで夜も寝られず」と詠まれた
マシュー・ペリー率いる黒船の浦賀来航。

それは、"いやでござるよペリーさん"と日本史の勉強で
覚えた方もいらっしゃると思いますが、時に1853年のこと。

米国海軍の東インド艦隊の艦船四隻が神奈川県横須賀市の浦賀沖に現れました。

この浦賀来航から六日後、ペリーは久里浜に上陸。
米国大統領の親書を渡し、翌春の日米和親条約締結と日本の開国へとつながりました。

ペリーが上陸した久里浜には、
ペリー来航を記念したペリー記念館、上陸記念碑があります。

<ご当地フォルムカード>第二弾・高知県(坂本龍馬)が、
龍馬ゆかりの地として、広く横須賀エリアに属する浦賀・久里浜・大津を訪れました。

今回はまずは久里浜をお届け致します。


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冒頭で記載した狂歌の詩碑と共に。
この狂歌には、黒船来航による当時の人々の驚きが端的に表現されています。


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ペリー上陸記念碑。
「北米合衆国水師提督伯理上陸紀念碑」の文は、初代の内閣総理大臣・伊藤博文の書。

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ペリーが上陸した久里浜の海をバックに、龍馬が佇みます。

ペリー来航と上陸の頃、龍馬はこの黒船に対する警備をしていました。
その場所が前回掲載した立会川です。
龍馬にとって黒船来航は、江戸に来てすぐの出来事でした。

坂本龍馬とマシュー・ペリーは直接的な邂逅は果たしていません。
もし関わっていたならば、どうなっていたでしょうか。

当時の龍馬は攘夷論に燃えていたとされています。
戦になれば異国の首を討ちとり帰国するという趣旨の手紙もしたためています。

歴史の転換点。直接対峙することはなかった龍馬とペリー。

最後に、時を経て出逢った二人の記念撮影です。


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時代は、江戸の天下太平の眠りから覚め、開国へと向かい、
下田・箱館の開港、勝海舟らによる咸臨丸での渡米へと流れていきました。



2010年08月06日

龍馬ゆかりの地


大河ドラマ「龍馬伝」が話題の今年。坂本龍馬が改めてフィーチャーされています。

POSTAウェブの<ご当地フォルムカード>ページに掲載されている
<ご当地フォルムカード>第二弾の二週間単位での売上ランキングにおいて
最新(7/15-7/31)では遂に、毎回一位の沖縄県を抜いて
高知県(坂本龍馬)が全国第一位になりました。

坂本龍馬といえば高知県ですが、
高知県にとどまらず、全国にゆかりの地があります。

今回は坂本龍馬ゆかりの地を、旅してみます。

まずは東京です。

京浜急行線で品川から各駅停車で五つ目、
1904年に開業した歴史ある立会川駅で降ります。

駅の東側には江戸時代、土佐藩の下屋敷があり、
黒船来航に対する沿岸警備として土佐藩管轄の砲台が設置されました。
若き日の坂本龍馬もまた、ここで警備に参加したとされています。

若き日の龍馬が過ごした町としても、立会川は現代に生きています。

駅を出て、東側へ徒歩二分。
当時は品川沖の海岸線だった現在の勝島運河付近の宅地造成地で
発見されたのが、浜川砲台の一部でした。


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浜川砲台跡。
黒船来航時には、この砲台から約1.6kmもの至近距離まで
黒船はやって来たといわれています。

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龍馬は藩命を受けてここで警備にあたりました。
時に1853年、龍馬は未だ18歳。
江戸に出てきて北辰一刀流千葉定吉道場に入門した直後のことです。

まさに立会川は、江戸における若き日の龍馬が過ごした地といえるでしょう。
駅前には龍馬の銅像も建てられました。

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翌1854年3月の横浜での日米和親条約締結から、
時代も龍馬も激動の渦中へと入っていきます。

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横浜の山下公園、県庁の近くの開港広場にある「日米和親条約締結の地」碑。


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今週の大河ドラマ「龍馬伝」で登場するのは寺田屋事件。

日米和親条約締結から十二年後、龍馬は薩長同盟を成立させます。
同盟成立後、龍馬は京都伏見寺田屋に逗留しますが、そこで襲撃を受けます。
寺田屋事件です。

そこで龍馬は左手に傷を負います。
その傷を癒すべく療養を兼ねて、お龍と二人で向かったのが、鹿児島県の霧島です。

これが龍馬とお龍の夫婦によるハネムーンであり、
日本史上最初の新婚旅行といわれるものとなります。1866年のことです。

霧島滞在の中で最も長く、18日間も逗留したのが塩浸温泉。
現在では、塩浸温泉龍馬公園として整備されています。

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そしてここにも銅像がありますが、お龍と二人並んでのものです。

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理想に燃える龍馬は遠くを見つめます。その龍馬を見つめるお龍。
すばらしい構図ですね。

この日本史上最初の新婚旅行からわずか1年8ヶ月後、
龍馬は京都の近江屋で襲撃を受け、中岡慎太郎と共に暗殺されて、その生涯を終えます。

その後、お龍は神奈川県の横須賀で永眠するまで39年間を生きました。


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最後に立会川に戻ります。

若き日の龍馬が過ごした地にある郵便局で、
ゆかりの地に最も近いのは品川南大井郵便局です。



こちらの郵便局の風景印に登場するのは、しながわ水族館。
立会川駅の隣の大森海岸駅下車、徒歩八分です。

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2010年07月21日

富士山-2



<ご当地フォルムカード>富士山は、
引き続き九合目から頂上を目指して歩を進めます。

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傾斜は次第に厳しくなり、足場も大きな岩が増えてきます。
登頂へ向けた最後の難関を経て、
五合目のスタートから数えて四時間。頂上に到達。

時に午前四時。いよいよ朝の光が上ってきます。

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夜と朝が入れ替わるその分水嶺。
夜の空(左)と朝の空(右)が絶妙なバランスで交錯します。

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朝の強さが増してきて、人のシルエットを鮮明にします。

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ご来光。朝が来ました。

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頂上から見る朝の雲海もまた異次元の様相です。


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静岡県の富士宮口から登り、辿り着いた富士山頂には、
富士山頂郵便局があります。

日本一高い場所にある郵便局です。

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多くのお客様で溢れ返ります。

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全国にあまたある浅間神社。
その総本宮は静岡県富士宮市街にある
富士山本宮浅間大社とこの富士山頂にある奥宮です。

さらに富士山頂から先、日本最高峰地点である剣が峰を目指します。

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剣が峰を目指す急斜面で記念撮影。

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富士山の巨大な噴火口とツーショット。万年雪があります。

間もなく日本最高峰地点に立ちます。


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剣が峰です。

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逆光ですが、
<ご当地フォルムカード>富士山は、
遂に富士山の剣が峰3,776m地点に立ちました。


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しかしまださらに上があります。

そこから先、階段で上がると3,776m地点よりも高い場所へ
行くことができます。

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立つことができる日本最高峰の場所がここです。

ここに立つと、山梨側に現れる影富士を見ることができます。

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そして<ご当地フォルムカード>富士山は、剣が峰よりも先の最高地点に立ちました。

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2010年07月20日

富士山-1



<ご当地フォルムカード>富士山が、富士登山をしてきました。

梅雨明けと共にやってきた夏。
絶好の気象条件の中で、山頂を目指して登山。
各所で記念撮影を行いました。

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登山開始は、静岡側の富士宮口・五合目。
晴天ですが、雲の絨毯は霧と共に五合目から上に浮かび上がってきました。
この日の予報は、霧〜雷雨。スタート前に暗雲が漂います。

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最初の山小屋である六合目に到着して記念撮影。
霧雲も共に上がってきています。

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登山を続けます。崖の向こうに雲が届き、空は見えません。


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新七合目、元祖七合目を越えて、八合目へ向かう途中、
遂に雲を抜けて広がる青空の中に入りました。
眼下の雲海とツーショットを撮りました。

<ご当地フォルムカード>富士山も、そろそろ疲れてくる頃。

そんな時、
ここでしか見ることの出来ない美しい空を見て心身を休めます。

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登りはじめて約4時間。この日のゴールである九合目に到着します。
残りは九合五勺と頂上のみ。
九合目の山小屋に泊まり休憩してから未明に登頂へ向かいます。


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標高3,460m地点にて。
この時点では、九合目が<ご当地フォルムカード>として旅をした
最高峰地点になります。

九合目の岩場から眼下を眺めてみます。

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以下、九合目からの景色です。

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非日常的な様相の雲と空。

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こちらは影富士です。
夕方は東側に、朝は西側に影富士ができます。

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まだまだ遠い頂上の方角を望みます。


次回は、九合目から頂上、
そして日本最高峰地点の剣が峰への旅をお届け致します。



2010年07月08日

富士山頂



もうすぐ梅雨明け。夏も本番に近づきつつある今日この頃、
夏といえばアウトドア。山登りに水遊びに楽しい時期になりますね。

山といえば日本一の山、富士山。今年も7月1日に山開きをしました。
富士山登山はここのところ人気で、
昨年の登山者数も29万2千58人に及びました(環境省発表による)。

そして静岡側の富士宮口から登り切ると、
そこには日本一高い場所にある郵便局の富士山頂郵便局があります。
1909(明治42)年の開局から昨年でちょうど100周年を迎えました。

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写真左手が富士山頂郵便局になります。

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ポストもあります。富士登頂の記念にここから手紙を出す人もいます。


富士山頂郵便局では、昨年に続いて今年も
<富士山ポストカード・セット>を250セット限定で販売致します。

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<ご当地フォルムカード>富士山、同ミニカード、
富士山頂郵便局名入りポスト型はがきの三点がセットになって500円です。

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風景印と共に、日本で一番高い山にあるポストから手紙を出すのも一計。


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富士山での光景です。

今年は<ご当地フォルムカード>富士山が、旅として実際に富士山を登る予定です。
追って当欄でご紹介したいと思います。


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富士山頂郵便局の脇から向こうを見れば、
日本最高峰地点である剣が峰が視界に入ります。


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◇富士山頂郵便局

開局期間:7月10日(土)〜8月22日(日)
期間中無休。気象条件により休業する場合もあります。

取扱時間:午前6時〜午後2時

サービス内容:
・風景印の押印   ・普通通常郵便の引受(外国宛含む)
・レタックスの引受及び送信
・普通切手等の販売 ・オリジナル商品の販売




2010年07月06日

信玄ゆかりの地



<ご当地フォルムカード>は第二弾が先週発売開始となりましたが、
第一弾も引き続き販売されています。

当欄での旅も、第一弾と第二弾、各地をめぐっていきます。

今日は、第二弾/山梨県の武田信玄が里帰りして、ゆかりの地を辿ります。


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まずは甲府駅南口広場に立つ武田信玄像にて。

甲府駅は現在、北口を再開発中で
駅と直結の高架歩行者用通路も夏には完成予定です。
NHK甲府放送局舎も来年移転予定で、
既にある山梨日日新聞社、山梨テレビと合わせて
北口にメディアが集まることになります。


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次に立ち寄ったのは、信玄公がまつられている武田神社です。
駅北口から車で約10分。
歴史は比較的浅く、創建は1919(大正8)年です。

武田神社の正面を左に折れてから
山道を上がってしばらく進むと山間に、信玄が生まれた地があります。

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<ご当地フォルムカード>第二弾・山梨県/武田信玄は、
生まれ故郷に帰ってきました。

武田信虎夫人がここ積翠寺で信玄を産んだのは、時に1521年のこと。
今も信玄の産湯をくんだ井戸が残されています。


積翠寺にて、武田信虎の嫡長子として生まれた信玄は、
その後、幾多の戦を重ねて戦国の巨星となっていきます。

その過程では、自身の嫡男・義信を幽閉し、死に追い込むなどの悲劇もありました。
義信が死去した地である東光寺に帰った信玄は、何を想うのでしょうか。

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東光寺にて。その大仏殿は室町時代の建立とされています。
東光寺はまた、法泉寺、長禅寺、円光院、能成寺と並び、
信玄によって定められた甲府五山の一つです。


最後に立ち寄ったのは甲斐善光寺。
昨年、信州善光寺とともに七年に一度のご開帳で賑わいました。

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川中島の戦いで信州善光寺が戦火に遭うのを怖れた信玄が、
その御本尊の阿弥陀如来以下、諸仏・寺宝類をここ甲府に移しました。
以来、甲斐善光寺は武田氏滅亡後も徳川家によって手厚く保護されてきました。

本堂の高さは約26メートル。
東日本最大級の木造建築物として今日も儀容を見せています。



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今日の最後は、信玄の名言で。

人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり。




2010年06月30日

興福寺



<ご当地フォルムカード>第一弾・奈良県が、
興福寺と奈良公園を訪れました。

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東金堂をバックに記念撮影した写真は前回掲載しましたが、
今回は境内のシカさんをバックにパチリ。

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いずれも国宝の、東金堂と五重塔。

平城遷都と時を同じくして710(和銅3)年に
藤原不比等(ふひと)が飛鳥にあった厩坂寺(うまやさかでら)を
この地に移して興福寺と名づけられてから、
今年はちょうど1300年の節目を迎えています。

興福寺は今や世界遺産。

五重塔は高さ50.1mで、京都の東寺五重塔に次いで
木造の塔では国内で二番目の高さを誇ります。


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そして興福寺といえば、
近年大ブレイクした阿修羅像でも知られています。

奈良市内ではシカのかわいい置物もよく目にします。


さて、興福寺。東大寺や春日大社などとともに
それは奈良公園の敷地内にあります。
奈良公園といえばシカですね。
人懐っこいシカさんたちが大勢、
のんびりと過ごす風情がまた心和む空間となっています。

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奈良公園、興福寺に最も近い郵便局が
立派な建物の奈良県庁の中にある
奈良県庁内郵便局です。

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この郵便局の風景印をご紹介します。

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シカと東大寺大仏殿です。
(日付は画像処理しています)。

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さすが世界最大級の木造建造物。
東大寺大仏殿は、飛び抜けた大きさですね。



次回は奈良から離れて、他のカードの異なる旅をお届け致します。


See you.



2010年06月30日

ブログパーツのお知らせ

ご好評を頂いております
<ご当地フォルムカード>のブログパーツも新たに
第二弾絵柄が登場致しました。


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第一弾のパーツからご利用頂いている方々には
自動的に第二弾の絵柄のパーツに暫時切り替わっていきます。

当ブログにおきましても、右サイドバーの中段にあるパーツ→
をご覧ください。第二弾絵柄のブログパーツがご覧いただけます。

ご利用頂いているブラウザによっては切り替わらない場合があります。
その場合(例えばMacintoshのSafariなど)は
「キャッシュを空にする」を設定してから
新たな画面を開いてご確認ください。

直接新たにブログパーツをご利用頂く場合は、下記よりご利用可能です。
http://www.postacollect.com/blog/index.html

尚、第一弾絵柄のパーツもご利用頂けるように設定中ですので
プログラムの準備が整い次第、また当欄にてお知らせ致します。

どうぞよろしくお願い申し上げます。


2010年06月29日

ご当地フォルムカードの販売について


既報の通り、
<ご当地フォルムカード>第二弾は7月1日から販売開始となります。

お客様から、
「第二弾が発売された後、第一弾はどうなるのでしょうか」という
お問い合わせを多く頂いております。

<ご当地フォルムカード>の第一弾は、
第二弾が発売となりました後も継続販売となりますので、
その旨、お知らせ申し上げます。

<ご当地フォルムカード>に関しましては7月1日以降も、
第一弾と第二弾の2つのカードが全国都道府県の
すべての郵便局(簡易郵便局除く)で販売されますので、
引き続きご愛顧のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。


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(陳列の一例)。




2010年06月25日

<ご当地フォルムカード>第二弾


ご好評を頂いております
全国都道府県の名所・名物をかたどったポストカード、
<ご当地フォルムカード>。

昨年7月の<富士山>にはじまり、
同9月の47都道府県版である第一弾に続き、
いよいよ7月1日から全国の各都道府県内の郵便局(簡易郵便局除く)にて
第二弾が発売開始となります。

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今日はイチ早くその先行情報をお届けしたいと思います。

第二弾はさらに"王道"を取り上げました。
ここでその中から一部をご紹介したいと思います。

まずは東西二大都市のタワー、東京タワー(東京都)と通天閣(大阪)。

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今年のトレンド、アニバーサリー系からは、
NHK大河ドラマで人気の坂本龍馬(高知県)と
発刊100周年を迎えている柳田國男著「遠野物語」関連で河童(岩手県)。
負けてはいられぬ薩摩の西郷隆盛(鹿児島県)も堂々、登場。

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戦国武将の中でも最強格は、武田信玄(山梨県)。

この11月に藤沢〜鎌倉間全線開通100周年を迎える
江ノ電(神奈川県)も登場。

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そして<ご当地フォルムカード>ならではの、
独特のタッチの女性。

第一弾でも「茶畑(と茶娘)」(静岡県)と「舞妓さん」(京都府)で
登場していますが、今回も登場します。

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その他、<ご当地フォルムカード>ならではのテイストで描かれた
カワイイ絵柄のご当地自慢のフォルムカードが47種類揃っています。

地元で、または旅先で。
どうぞご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

全絵柄は近日中に、POSTAウェブサイト
http://www.postacollect.com
にて公開致します。

乞うご期待ください。

ご当地フォルムカード第二弾を、どうぞよろしくお願い致します。