2014年03月28日

岐阜城と金華山


<ご当地フォルムカード>
第三弾/岐阜県「鵜飼」と第五弾「郡上おどり」が、
岐阜市を訪れました。

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JRの岐阜駅前には金色に輝く織田信長像が立っています。

現在の岐阜市の町を形作ったのが、
かつて美濃国(現在の岐阜県南 部)の国主だった斎藤道三。
織田信長の父・信秀はその道三と戦いを 繰り広げた果てに、
東は駿河の今川氏を攻略するために道三と同盟 を結びました。

同盟において、道三の娘・濃姫と政略結婚をしたのが、 信長でした。

その後、信長は1567(元禄10)年に、
現在の岐阜市内の金華山の頂き にあり
難攻不落といわれた城を攻略し、
地名を「岐阜」、城名を「岐阜 城」とあらためたとされています。

信長と城といえば、
清洲城、小牧山城、安土城そのほか様々な物語 がありますが、
天下統一に向けての飛翔期ともいえる時期の岐阜城 とも
ゆかりが深いことから、今も岐阜市民を見渡しているかのようですね。

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岐阜城のある金華山の麓は、
斎藤道三や織田信長の居館があった とされている場所で、
現在は岐阜公園となっています。

その一角に
山 内一豊と千代の婚礼の場とされた地があり記念碑が立っています。
下級武士だった一豊は信長にしたがい岐阜に移りました。

岐阜公園付近から金華山を見上げると、
山頂に岐阜城の姿が視界に入ります。

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ここで<ご当地フォルムカード>第五弾/岐阜県「郡上おどり」が、
金華山、岐阜城をバックに記念撮影しました。

日本三大民謡のひとつに数えられる
「郡上おどり」が行われるのは、郡上市。
郡上市といえば、山内和豊と婚礼をあげた見性院(千代)が育った地です。
婚礼の地にある記念碑に刻まれている文字には、
「長良川と一豊を愛した 伴侶の鏡 千代を讃える」とあります。

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ロープウェイで登った金華山の山頂からは
鵜飼で知られる長良川、岐阜市内の街並を一望することができます。
長良川、岐阜城、そして鵜飼の構図は、まさに岐阜市を象徴する
王道ともいえましょう。

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約1,300年の歴史があるとされる長良川の鵜飼。
長い年月をかけて古典漁法として伝承されてきたもので、
毎年五月中旬から十月中旬の間、皇室の保護のもとで
御料鵜飼として行われています。

鵜飼を職業とする人々に対して、織田信長は「鵜匠」という
地位を与えて、やはり保護してきたといわれています。

ロープウェイの山頂駅に着いてさらに頂上を目指すと、
そこに岐阜城天守があります。
<ご当地フォルムカード>第三弾/岐阜県「鵜飼」が
天守を背景に記念撮影をしました。

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現在の岐阜城天守は1956(昭和31)年に復興されたもので、
現在築城されている城郭の中では
有数の高さ(標高329m)に位置しています。
楼上は展望台になっています。

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最後に、鵜飼を見物に来た際に松尾芭蕉が残した句を
ご紹介したいと思います。

「おもしろうて やがてかなしき 鵜舟かな」。


金華山ロープウェイ山麓駅側の岐阜公園入口や
岐阜市歴史博物館の近くにある郵便局は、
岐阜木材町郵便局です。