2011年12月02日

信玄と謙信



来年は、古事記編纂1300年のメモリアル・イヤー。
武蔵と小次郎の巌流島の闘いからも400年目という節目を迎えます。
ゆかりの地では関連イベントも多く予定されています。

今年は、武田信玄と上杉謙信の戦国名勝負数え唄ともいえる
「川中島の戦い」の中でも最も激闘となり
信玄と謙信の直接対決もあったとされる第四次合戦から、
450年目を迎えています。

<ご当地フォルムカード>では戦国武将として、
伊達政宗(第一弾・宮城県)、織田信長(第三弾・愛知県)がありますが、
信玄と謙信もそれぞれ
第二弾・山梨県、第三弾・新潟県で出ています。

今回はその信玄・謙信が
川中島の戦い:第四次合戦(八幡原の戦い)跡地に揃って戻ってきました。

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長野県の長野市八幡原史跡公園にある八幡社。
ここで武田軍が勝鬨を上げたとされています。

そして境内には信玄と謙信直接対決の銅像が建っています。

450年の時を経て、
<ご当地フォルムカード>武田信玄(第二弾・山梨県)と
上杉謙信(第三弾・新潟県)が再会しました。

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夢の顔合わせが実現しました。

境内には、三太刀七太刀の碑もあります。

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ここが信玄と謙信一騎打ちの場所。

手薄になった武田本陣に一騎攻め込んだ謙信が、
馬上から信玄に向けて太刀を振り下ろす。
それを信玄は軍配で受けた。

しかし続く二の太刀で腕を、三の太刀で肩に傷を負った。
のちにこの軍配を調べてみると
謙信の刀による傷が七箇所あったといいます。

銅像もその際の戦いの様子を表していますね。


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さて長野。信玄、謙信といえば
名所中の名所・善光寺を忘れてはなりません。

川中島の戦火が善光寺に及ぶことを怖れた信玄が
御本尊を移したとされる場所が、
以前当欄でも取り上げた甲斐善光寺(山梨県甲府市)です。

由緒ある寺。

そこへ辿り着く長い参道には善光寺郵便局があります。

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いかにも参道沿いにある建物らしく風情のある局舎ですね。
局前にある昔懐かしい丸型赤ポストもまた似合っています。




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