2011年07月13日

清州越し

前回取り上げた浜松にある浜松城は、徳川家康の出世城。
同じく階段を駆け上がる若き日の織田信長が居城としたのが、
尾張(愛知県)の清洲城。

清洲城があった現・清須市(旧・清洲町)は、かつて尾張国の中心でした。

家康の手による"清洲越し"といわれる中心都市の名古屋移転と、
名古屋城の築城により、首府の座は交代。
以降、名古屋は愛知県の中心として栄え、昨年、開府400年を迎えました。
かつての首府は"清州越し"から395年後の2005年、清須市になりました
(清洲町、西春日井郡西枇杷島町、新川町が合併)。

その地に今、清洲城が聳え立っています。

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五条川に架かる朱塗りの橋を渡って城へ行きます。
天守は、1989年に造られた模擬天守です。

<ご当地フォルムカード>第三弾/愛知県(織田信長)が、
織田信長のかつての居城、清洲城を訪れました。

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信長はこの清洲城から
今川義元との大一番"桶狭間の戦い"に出陣し、
ここで三河の家康と軍事同盟を結びました(清洲同盟)。

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五条川の橋を渡る手前には清洲古城跡があり、
現在は清洲公園となって整備されています。
その中に織田信長像が悠然と屹立しています。

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清洲城と織田信長のまさにご当地郵便局といえば、
清洲郵便局です。



風景印もまさしく清洲城と織田信長です。

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(日付は画像消去処理をしています。
 切手は実際には120円切手貼付で送付できます)。


清洲城。
本能寺の変で織田信長が散った後、また歴史の舞台になっています。

この城で行われた、信長の後継者を決める"清洲会議"によって
一人の戦国武将が力を増強させました。
ここで、それまでの織田家筆頭家老だった柴田勝家を
凌駕した武将の名は、豊臣秀吉。

秀吉は以後、天下統一への出世街道を駆け上がっていきました。

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今や新幹線が並行して走っていますが、
ここもまた歴史の舞台としての重みを存分に感じさせてくれます。


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当地では現在、
大河ドラマ「江」と三英傑(信長・秀吉・家康)にまつわる
『江と三英傑 絆のやかた』ドラマ館がオープンしています。

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