2011年01月11日

敵に塩



夜の松本駅(長野県)に
<ご当地フォルムカード>第二弾/山梨県(武田信玄)が
降り立ちました。

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もちろん信玄の時代には車も電車もありませんが、
山梨県の甲府駅から長野県の松本駅まで
車でも電車でも約1時間半から2時間といったところで
さほど遠大な距離ではありませんね。

なぜ信玄が松本市にやってきたか。

武田信玄といえば、「誰」を想起しますでしょうか。
村上義清?山本勘助?織田信長?徳川家康?…。
やはり最も関係性の深い存在は、
戦国名勝負数え唄ともいえる闘いを繰り広げた好敵手、
上杉謙信ではないでしょうか。

今日1月11日は、「塩の日」です。

1569年、武田方の領民は今川・北条方の策謀によって
塩を絶たれて苦しんでいました。
敵対していた上杉謙信がここで越後の塩を送ったのです。

これがいわゆる「敵に塩を送る」という諺に昇華しました。
謙信が信玄方へ塩を送ったのが今日、1月11日だったのです。

その塩は、松本に到着しました。

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松本市本町一丁目にある「牛つなぎ石」です。
彼の地にある解説板によれば、塩がここに到着したのは1月12日。

謙信の義侠心による塩を積んだ牛車が辿り着いた地。

松本地方は当時、信玄の支配下にありましたが、
前述の通り、今川・北条方が太平洋岸の南塩の道筋を封じることで
甲州と信州の民人を大いに困窮させたのでした。
それに対して謙信が塩を送ったのですが、
太平洋岸ではなく日本海岸の北塩を糸魚川経由でこの松本へと
届けたというわけです。

このような逸話があるから、
信玄と謙信の関係は「名勝負数え唄」ともいえるのでしょう。

さて、この松本駅、牛つなぎの石からも
歩いていくことができる距離には松本を、
そして長野県を代表する建物があります。

国宝にして現存天守、すなわち「国宝四城」の松本城です。

<ご当地フォルムカード>第二弾/長野県(松本城)が
里帰りしてご対面です。

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別名・深志城。
その見どころの一つは、
黒漆の天守と朱塗りの橋の組み合わせです。

特に黒漆の天守は、夜の景にもよく映えますね。

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しかもこの天守は、国宝四城の中でも、
姫路城と共に国内で二つだけ現存する五重天守という
ヴァリューの高さのおまけが付きます。

天守が出来てから約400数十年。
今でも年に一度、この五重天守の黒漆塗りは塗り直されるため
見事なまでに黒光りしています。

優美な姿を長い年月を経ても守り通す素晴しさを感じさせてくれます。