2010年08月06日

龍馬ゆかりの地


大河ドラマ「龍馬伝」が話題の今年。坂本龍馬が改めてフィーチャーされています。

POSTAウェブの<ご当地フォルムカード>ページに掲載されている
<ご当地フォルムカード>第二弾の二週間単位での売上ランキングにおいて
最新(7/15-7/31)では遂に、毎回一位の沖縄県を抜いて
高知県(坂本龍馬)が全国第一位になりました。

坂本龍馬といえば高知県ですが、
高知県にとどまらず、全国にゆかりの地があります。

今回は坂本龍馬ゆかりの地を、旅してみます。

まずは東京です。

京浜急行線で品川から各駅停車で五つ目、
1904年に開業した歴史ある立会川駅で降ります。

駅の東側には江戸時代、土佐藩の下屋敷があり、
黒船来航に対する沿岸警備として土佐藩管轄の砲台が設置されました。
若き日の坂本龍馬もまた、ここで警備に参加したとされています。

若き日の龍馬が過ごした町としても、立会川は現代に生きています。

駅を出て、東側へ徒歩二分。
当時は品川沖の海岸線だった現在の勝島運河付近の宅地造成地で
発見されたのが、浜川砲台の一部でした。


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浜川砲台跡。
黒船来航時には、この砲台から約1.6kmもの至近距離まで
黒船はやって来たといわれています。

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龍馬は藩命を受けてここで警備にあたりました。
時に1853年、龍馬は未だ18歳。
江戸に出てきて北辰一刀流千葉定吉道場に入門した直後のことです。

まさに立会川は、江戸における若き日の龍馬が過ごした地といえるでしょう。
駅前には龍馬の銅像も建てられました。

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翌1854年3月の横浜での日米和親条約締結から、
時代も龍馬も激動の渦中へと入っていきます。

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横浜の山下公園、県庁の近くの開港広場にある「日米和親条約締結の地」碑。


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今週の大河ドラマ「龍馬伝」で登場するのは寺田屋事件。

日米和親条約締結から十二年後、龍馬は薩長同盟を成立させます。
同盟成立後、龍馬は京都伏見寺田屋に逗留しますが、そこで襲撃を受けます。
寺田屋事件です。

そこで龍馬は左手に傷を負います。
その傷を癒すべく療養を兼ねて、お龍と二人で向かったのが、鹿児島県の霧島です。

これが龍馬とお龍の夫婦によるハネムーンであり、
日本史上最初の新婚旅行といわれるものとなります。1866年のことです。

霧島滞在の中で最も長く、18日間も逗留したのが塩浸温泉。
現在では、塩浸温泉龍馬公園として整備されています。

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そしてここにも銅像がありますが、お龍と二人並んでのものです。

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理想に燃える龍馬は遠くを見つめます。その龍馬を見つめるお龍。
すばらしい構図ですね。

この日本史上最初の新婚旅行からわずか1年8ヶ月後、
龍馬は京都の近江屋で襲撃を受け、中岡慎太郎と共に暗殺されて、その生涯を終えます。

その後、お龍は神奈川県の横須賀で永眠するまで39年間を生きました。


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最後に立会川に戻ります。

若き日の龍馬が過ごした地にある郵便局で、
ゆかりの地に最も近いのは品川南大井郵便局です。



こちらの郵便局の風景印に登場するのは、しながわ水族館。
立会川駅の隣の大森海岸駅下車、徒歩八分です。

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