2010年07月06日

信玄ゆかりの地



<ご当地フォルムカード>は第二弾が先週発売開始となりましたが、
第一弾も引き続き販売されています。

当欄での旅も、第一弾と第二弾、各地をめぐっていきます。

今日は、第二弾/山梨県の武田信玄が里帰りして、ゆかりの地を辿ります。


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まずは甲府駅南口広場に立つ武田信玄像にて。

甲府駅は現在、北口を再開発中で
駅と直結の高架歩行者用通路も夏には完成予定です。
NHK甲府放送局舎も来年移転予定で、
既にある山梨日日新聞社、山梨テレビと合わせて
北口にメディアが集まることになります。


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次に立ち寄ったのは、信玄公がまつられている武田神社です。
駅北口から車で約10分。
歴史は比較的浅く、創建は1919(大正8)年です。

武田神社の正面を左に折れてから
山道を上がってしばらく進むと山間に、信玄が生まれた地があります。

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<ご当地フォルムカード>第二弾・山梨県/武田信玄は、
生まれ故郷に帰ってきました。

武田信虎夫人がここ積翠寺で信玄を産んだのは、時に1521年のこと。
今も信玄の産湯をくんだ井戸が残されています。


積翠寺にて、武田信虎の嫡長子として生まれた信玄は、
その後、幾多の戦を重ねて戦国の巨星となっていきます。

その過程では、自身の嫡男・義信を幽閉し、死に追い込むなどの悲劇もありました。
義信が死去した地である東光寺に帰った信玄は、何を想うのでしょうか。

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東光寺にて。その大仏殿は室町時代の建立とされています。
東光寺はまた、法泉寺、長禅寺、円光院、能成寺と並び、
信玄によって定められた甲府五山の一つです。


最後に立ち寄ったのは甲斐善光寺。
昨年、信州善光寺とともに七年に一度のご開帳で賑わいました。

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川中島の戦いで信州善光寺が戦火に遭うのを怖れた信玄が、
その御本尊の阿弥陀如来以下、諸仏・寺宝類をここ甲府に移しました。
以来、甲斐善光寺は武田氏滅亡後も徳川家によって手厚く保護されてきました。

本堂の高さは約26メートル。
東日本最大級の木造建築物として今日も儀容を見せています。



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今日の最後は、信玄の名言で。

人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり。