2016年10月03日

世界遺産・萩城下町-2


山口県萩市への旅、続編となります。

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「鍵曲(かいまがり)」と呼ばれる通路。
左右を高い塀で囲み、道を鍵の手(直角)に曲げた独特の道筋。
これは城下町独特の防衛機能で、
戦いの際に見通しを悪くして防御しやすくしたものだそうです。

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世界遺産に登録されている萩城下町は
「古地図で歩ける町」といわれるほど、
江戸時代に形成された町割、街路、武家屋敷や町家などが
そのままに多く存在しています。

白いなまこ壁が美しい菊屋横丁。
この一角には、藩の豪商・菊屋家、
第26代内閣総理大臣・田中義一の誕生地、
そして幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地などがあります。



<ご当地フォルムカード>第七弾/山口県「高杉晋作」が
ついに生まれ故郷に帰ってきました。

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そして、生家前(「高杉晋作誕生地」)で記念撮影。

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「高杉晋作誕生地」は現在、南側半分が公開。
産湯に使ったと伝えられる井戸や自作の句碑などがあります。

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「高杉晋作誕生地」の近くに「晋作広場」があり、
そこに20歳頃の若々しく凛々しい晋作を
イメージしてつくられた「高杉晋作立志像」が建っています。

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共に萩城、「高杉晋作誕生地」の方角を見つめます。


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約150年の長きに渡り藩校としての教育が行われ、
幕末の長州藩の中で大きな役割を果たしたのが
旧萩藩校明倫館です。
高杉晋作もここで学びました。

<ご当地フォルムカード>第七弾/山口県「高杉晋作」が、
母校に立ち寄りました。

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剣術場と槍術場だった有備館。
坂本龍馬も萩に来た際にここで試合をしたとされています。
萩藩士の練武の他、
他国からの修行者の試合場でもあったそうです。


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高杉晋作は明倫館入学から5年後、
久坂玄瑞の誘いで松下村塾に入り、
そこで生涯の師である吉田松陰と出逢ったのでした。

今回の山口県萩市の旅。

最後に、
高杉晋作と吉田松陰のツーショットで終わりたいと思います。


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萩郵便局の風景印をご紹介いたします。
夏みかんの形の松下村塾という変形印ですね。

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(風景印日付は画像消去処理をしております)。